1086 星暦558年 紺の月 16日 裏社会からの依頼(9)
ウォレン爺の暗殺請け負いに関する指示をもう少し出した後、ゼルパッグ伯爵はあっさり仕事を終えて社交前の短い遠乗りに出かけた。
今日はイマイチ仕事に気分が乗らないらしい。
昨日より大分と早く仕事を切り上げてくれたので、グアナス男爵家の捜索は後回しにして急いで第三騎士団の方へ向かった。
学院長だったら通信機の連絡先が分かるし家も知っているけど、ウォレン爺への連絡は基本的に向うから来るか、シャルロに任せるかしていたからこっちから急ぎで連絡を取る方法を知らないんだよなぁ。
なのでこの際第三騎士団に頼んでウォレン爺に連絡を取るなり、ゼルパッグ伯爵をふん縛るなりして貰おう。
まだぎりぎりお偉いさんも騎士団の中に居ると思うんだが・・・誰か顔見知りを見つけられるかな?
シャルロ・オレファーニの友人ですって言って訪れても流石に騎士団の幹部にさっさと通されるとは思えない。
かと言って下手に中に忍び込んでお偉いさんの部屋に直接訪ねたりしたら、延々と騎士団の侵入防止策の強化に付き合わされる羽目になるのが目に見えている。
今までにも外部委託として何度か雇われているが、事前に連絡なしで中にあっさり入れる程の関係は無いと思われる。
と言うか、そこまで知られていたら嫌だ。
ウォレン爺と違って俺はまだ若いんだ。
下手に不味い感じに軍部の協力者として名前が売れて、ヤバい貴族や商会の暗殺標的にされるのは遠慮したい。
どうやってお偉いさんに繋ぎを取るかちょっと悩みながら第三騎士団の拠点に来たら、丁度いい事に前回と防音用魔具を試しに来た時に俺たちの付き添いだった士官が帰るところだったのに出くわした。
凄い偶然だな!!??
流石、情報部の幹部になりながらも物怪ジジイと呼ばれるまで長生きする男だ。
よっぽど運がいいらしい。
俺は何かを成し遂げるのは実力と準備が物を言うのであって、運なんぞ関係ないと思って生きているが、時折こういうとんでもない偶然で誰かの命が助かる(多分)のを見ると、マジで幸運に愛されてる人間っているのかもって気がする。
実際に神は気が向いたら世界を見ているって話だし、蒼流みたいに神に近いぐらいな力を振るえる存在に愛されるシャルロの様な存在だっているんだから、ウォレン爺を気に入って時々手助けしてやる神が居ても不思議はない。
あんなジジイを気に入るなんてちょっと捻くれた神様だという気はするが。
まあ、もしかしたら一筋縄じゃいかない人間の方が観察していて面白いのかも?
それはさておき。
「丁度いい所で会えた!
ウォレン・ガズラートの生死にかかわりかねない重要な情報を入手したから、騎士団のお偉いさんか、ウォレン爺に連絡を取ってくれ」
すれ違いざまに歩み去ろうとしていた士官の腕をぐいっと掴んで足を止め、此方の要求を伝える。
名前なんだったっけ?
多分紹介されたと思うんだが・・・記憶にないな。
「はぁ?
あれ、えっと・・・ウィル殿?!」
突然足を止められてむっとしたようにこちらを見た士官は、俺の顔を覚えていただけでなく直ぐに名前まで出てきた。
すげ~。
流石情報部ってところかな。
「えっと・・・ガズラート殿にお会いしたいのですか?」
士官が聞いてきた。
「ウォレン爺が敷地内に居るなら是非。
居ないなら、連絡を取ると共に誰か上層部の人間と話をさせて欲しい」
つうか、もうすぐ夜だって言うのにまだ騎士団の敷地内にいるのか、あの爺さん?
引退しているって話なのに、何をやっているんだか。
現役の士官が帰る時間帯なんだぞ?
まあ引退すると暇すぎて、働いてないとボケるのかも知れんが。
「分かりました、直ぐに確認しますので取り敢えずこちらでお待ちください。
衛兵、もしもガズラート殿が通りかかったら会議室の方にウィル・ダントール氏を案内していると伝えてくれ」
士官が衛兵に命じながら敷地の中へ俺を案内した。
・・・国軍の敷地にこんなにあっさり外部者を入れちゃっていいのか?
今迄の時は一応名前を書いたり内部の招いた人間のサインを受領したりってそれなりに手続きに時間が掛かっていたんだが・・・非常時扱いだとそこら辺が緩いんかね?
非常時かどうかなんて俺が『生死にかかわる』って言っただけなのに。
そこまで信頼されるほど、俺の事って第三騎士団で知られているのか??
時折手伝いっぽい仕事をさせられていてそれなりな収入源だとは言え・・・軍部に顔と名前が売れているなんて、嬉しくない現実だな。
顔はまだしも名前は覚えるのがちょっと苦手なウィルですw




