1076 星暦558年 紺の月 9日 例年の時期と言えるかも(13)
「そう言えば、ガキどもに神殿に行ってちゃんと読み書きと計算をある程度学べって言い聞かせたけど、そもそもこの島にも神殿ってあるんだよね?」
昼食を食べ終わり、お茶を飲みながらふと思いついてジャレットに尋ねる。
こういう新しい開拓場所の神殿ってどうするんだ?
アファル王国は特にどこの神殿を贔屓するっていうスタンスは無いっぽいから国が大部分の資金を出しているようなこういう新規開拓の場合にどこの神殿を勧誘(?)するかって決まりはあるのかな?
「島なんだぜ?
海の神の神殿に決まっているだろ?
船乗りが是非にって献金していくし、大手の交易商会なんかが資材とかを寄贈したから街の中でも比較的早くしっかりした建物が出来上がったな」
ジャレットがにかりと笑いながら言った。
なる程。
この島の存在意義的には補給する為の食糧生産だって重要だから農業の神とかを祀るかと思ったが、次から次へと定期的に寄港する船乗りたちが験担ぎに建築費用を寄付していくんだったら真っ先にそっちを建てるわな。
農業の神の神殿があったところで農作物の作付けにどの程度いい影響があるかどうかなんてわからないしなぁ。
「東大陸からの呪詛とか病気対策に光の神の神殿はあった方が良いのでは?」
アレクがちょっと首を傾けて尋ねた。
海の神の神官でも一応治癒の術は使えるのが居る筈だが、確かに呪詛なんかの対応は光の神殿の方が得意そうだよなぁ。
「海の神だって呪詛を洗い流せるが、かなり荒っぽくなるし塩水でびしょ濡れになるのでそのうち光の神の神殿も招請する予定だが・・・もう少し予算が積み立てられてからだな」
ジャレットが応じた。
なるほど。
神殿の招請にも金が必要なんだな。
まあ、建築費用が必要だし、本神殿にある程度の金を出さなきゃだろうし、ここで暮らすことになる神官の生活費や給料(?)も必要だろうし。
それなりに人口と産業が育たないときついか。
「そう言えば、魔術院の魔力持ち確認ってこっちにも来てるの?
東大陸の領事館へ転移門で行ってから船で来るとなると面倒そうだけど、子供の数は田舎の辺鄙な村よりも多くなってきたよね?」
シャルロがお茶に砂糖を落としながら尋ねた。
そう言えばそうだよな。
ここだってアファル王国の一部なんだから、魔術院が魔力持ちの確認をしているべきだが・・・やっているのか?
「ちゃんと私が初年度にアンディに言って手配して貰っているよ」
アレクが苦笑しながら応じた。
おう。
流石アレク。
「そう言えば、今回の浮浪児たちとか、今後集まるかも知れない浮浪児ってアファル王国人扱いになるのか?
神殿での魔力持ち確認で見出されたにしても、魔術学院に他国人を入れるかどうかって微妙な話題になりそうだが」
国籍の管理なんてどうなっているのか知らんが。
俺の場合は魔術院で魔術師として登録されているからアファル王国に帰属している扱いだが、場所的にここで魔力持ちだと判明した子供って浮浪児出身だったら東大陸生まれも多いよな?
「元々、そう言う国籍に関して疑問がある子供に関してはある程度育った時点でアファル王国への帰属を誓う機会を与えられる。
その際に帰属を拒否した場合は・・・魔力持ちだったら流石に島に残れる代わりに魔力を封じるか、島から出ていくよう勧告するかじゃないかな?」
ジャレットが答えた。
「あら。
アファル王国に帰属するのを拒否したら魔術院には入れないの?
他国の商会の職員に子供とかだったらどうなるのかしら」
キャリーナが少し意外そうに尋ねた。
「魔術師は戦争が起きた場合は戦術的戦力扱いですから。
戦争が起きそうになってきたからと他国出身の子供が親に命じられて魔術学院の魔術師の卵を大量に誘拐したり殺害したりするのを手引きしたなんて事が起きたら困りますから、基本的にアファル王国への帰属を誓わない人間は入学を認められません」
アレクが静かに答えた。
あれ?
俺って国への帰属を誓ったっけ?
裏社会の人間の国籍なんてかなりいい加減なんだが。
まあ、入学する際に色々と誓わされたから、その際に国への帰属のもあったのかな?
一応もしもの時のために、『今後一切違法行為はしません』と言う文言が無いのだけはしっかり確認したが、それ以外は授業への出席義務とか魔術師になった後の魔術院への登録義務とか、途中で投げ出した時の奨学金の返済義務とか、案外とどうでもいい事が多かったからなぁ。
ある意味、なんで違法行為をしないとか魔術を悪用しないって誓わせないのか不思議だったが、こっそり国の『頼み事』を学院長経由で頼まれる様になって分かった。
下手に『違法行為』を全て禁じちゃったら役に立つ技能持ちを活用できなくなる可能性があるからなんだろう。
それこそやばい事をしている相手の家に忍び込んで調べるのも不法侵入なのだ。
不法行為をしない誓約を立てていたら国依頼だろうが、相手が犯罪組織だろうが、出来ないものは出来ない。
そう言う事態の可能性を見通して違法行為に関しては誓約させなかったんだろう。
多分代わりにアファル王国に敵対する国へ利する行為をしないとかなんか、そう言う感じの誓約も含まれていたんだろうな。
まあ、確かに魔術学院の子供達をうっかり危険に晒す訳にはいかないと言うのは分かる。
シャルロなんかは戦術的どころか戦略的な戦力だ。
あいつ一人で戦局を変えられる。
まあ、だからと言ってあいつを暗殺しようとしたら相手の国が水没するとは思うが。
通常だったら蒼流が完璧に守っているだろうが。
何か不幸な偶然が重なってうっかり殺すのを成功しちゃったりしたら、大陸ごと沈みかねないからそこら辺は自制して貰いたいところだな。
まあ、ウィルはアファル王国生まれのアファル王国育ちなんで生粋のアファル王国人なんですが、本人は国への帰属意識は薄いですw




