1074 星暦558年 紺の月 7日 例年の時期と言えるかも(11)(第三者視点)
>>>サイド ペブラン
「今度、島に入港する船乗り相手にサウナと水浴びを強く推奨しようという話が起きていてな。
折角体を綺麗にしても汚ね~服をその後また着られたら結局臭いままになるから、洗濯サービスも提供しようと行政府の方では考えているんだ。
まあ、それを住人の洗濯婦や魔具を使ってやってもいいんだが・・・なんだったらちょっとずつ増え始めている浮浪児にやらせて定期的な収入を提供する方が良いんじゃないかって話になってね。
やらないか?」
ウィルとか言う魔術師が器用にオレンジの皮を剥きながら説明を始めた。
なる程。
確かに船乗りは臭い。
元々体臭を気にするような清潔好きは船乗りとして長持ちなんぞしないからそこら辺が無頓着な人間が多いのだが、娼館で煽てあげられつつ金を取られてそれなりに綺麗にされてきた東大陸から出たばかりの船に乗ってきた船乗り達はまだしも、アファル王国側から来た船の船乗りは・・・浮浪児である自分達よりも臭いぐらいだ。
それを相手に商売しなければならない店や屋台の人間もよくぞ顔をしかめずににこやかに対応できるな~と密かに思っていたのだが、やはり嫌だったらしい。
それをサウナと水洗いで綺麗にするとは中々思い切った手段だが・・・。
「推奨したところで、入るとも思えないけど?」
船を降りたばかりの船乗りの頭にあるのは女か酒だ。
パストン島は午後になるまでそう言った店が殆ど開いていないから時間帯によっては食事を求めてうろつくこともあるが、風呂とか洗濯とかは優先順位の中に入ってすらいないだろう。
「船の入港料金にサウナの料金を含めた上であいつらにとっては無料で提供し、他の奴らと一緒にサウナに入ったら検疫を簡易版にするし変な発疹や爛れを自分なりに他の奴らなりに見つけて報告したら酒を一杯無料でおごるし、医療費もその段階で掛かれば無料にする予定だ。
島に変な病気を持ち込まれるぐらいだったら初期投資と言うことで費用を負担して調べる方が長期的には金を節約できる。
ついでに服を洗濯させることで島の人間を喜ばせたいし虫の持ち込みも最小限に抑えたいってとこだな」
皮をむいたオレンジを適当に割って口に放り込みながらウィルが応じた。
なる程。
ケンパッサのスラムでも時折病気が流行り、バタバタと人が死んだ。
スラム内ならまだしも、商人街の方へ病気が広がり始めると病原地だと見做されたスラムを閉鎖して火を放つこともあるとスラムで色々と教えてくれた爺さんが昔言っていた。
既に商人街の方に病気が広がっているなら手遅れじゃないかと聞いた時には思ったが、それでも商人街だったら罹患した人間を治療しつつ隔離できるので、スラムから病気持ちが出て来るのを止めることで疫病の広まりを制限できるというのが経験則らしい。
パストン島ではスラムではなく船乗りから病気を齎される可能性があると考えているようだが、流石に船乗りに上陸をさせない訳にはいかないから対処策に頭を悩ませたのだろう。
「・・・どの位の仕事量で、対価はどんくらい貰えるんだ?」
ウィルに尋ねる。
一日パン1個でもやらないよりはマシとも言えるが。
「まず、港の傍の使われていない倉庫で皆が寝るのを許すが、綺麗に使え。
お前らも定期的にサウナに入って体を綺麗にしろ。
洗濯は船乗りが入ってこない時は無いかも知れないが、その場合は農地での手伝いでもやって貰うだろう。
取り敢えず街のお袋さん達が暫くは夕食を作る方法を教えてやるから、自分達でちゃんと夕食を作って食べて、朝はその残りでも食え。
それとは別に、洗濯量にもよるが一人1日銅貨1枚から3枚と言うところだろうな。
それで食材と昼食を買うようやり繰りする方法を覚えろ。
効率的にそれをする為にも、街の一員として認証するから神殿の文字や計算の勉強会にも参加するのを勧めるぞ」
懐から取り出したメモを見ながらウィルが言った。
随分と条件が良い。
本当に浮浪児たちをそのままにせずに、島の一員として迎えるつもりがあるらしい。
「本当か?
随分と条件が良いぞ?」
スラムだったら食事が貰えるだけで幾らでも人手が集まるだろう。
「折角ここにはスラムが無いんだ。
浮浪児を放置してそいつらがスラムを形成するようになるのは困るから、まだ人数が管理できる今のうちにしっかり働く習慣を身に付けさせて、ついでに普通に働けるように教育もしていこうというのが行政府側の思惑だ。
ちなみに、孤児院に入るつもりがあるならそっちも可能だぞ?」
ちょっと口元を歪めた感じに薄く笑いながらウィルが言った。
孤児院なんぞ、基本的に支援金を出している金持ちへの見た目の綺麗なガキの提供源だ。
支援者側にしてみれば金を出すのだからそれで食って育ったガキで気に入ったのを入手するのは当然の権利だと考えているのだろう。
そう言うガキを欲しがる貴族や比較的真っ当な商人が居ないような場所の場合は奴隷商人が裏に居ることが多い。
体力のない幼児よりはある程度育ったガキの方が金になるから、小金を払ってガキが育つまで最低限の世話をみさせる飼育所だ。
この島ではそんな商人や貴族をまだ見ていないが、船で出荷されていたら自分たちが見ていなくても不思議はない。
「いつ騙されて出荷されるかもしれない孤児院になんぞ、入るのを許容するような無防備なガキは浮浪児として長生きしない」
ウィルが肩を竦めた。
「まあ、そう思うだろうとは予想していたが。
今でも時折孤児院の子供たちの農地手伝いに紛れ込んでいるんだろ?
あっちのガキで姿が見えなくなったのは居ないと確認できると思うんだけどな。
まあ、若い時期から自立して働きたいならそれはそれで好きにすりゃいいさ。
取り敢えず。
スリで稼がれるのは困る。ガキどもを働かせるのに協力してもらえるな?」
「選択肢は無いんだろ?
騙されていたら絶対に報復するけど、取り敢えずは協力するよ」
どうやって魔術師相手に報復できるのか分からないが。
アファル王国の孤児院はそこまで露骨に子供を食い物にはしていませんが、ウィルが入っていた頃は質が悪い人間が責任者になっていたので東大陸と似たり寄ったりな状態でした




