1072 星暦558年 紺の月 9日 例年の時期と言えるかも(9)
「帰る前に、サウナの試作版に入ってみないか?」
色々とパストン島を見て回り、ついでに港近辺の浮浪児を捕まえてまとめ役っぽい事をやっていた少年と住む場所や仕事の決まりなど諸々を話し合うのに手伝っていたが、そろそろ帰ることになったとキャリーナに挨拶に行こうとしたら、ジャレットに声を掛けられた。
お?
そう言えば、そんな話もあったな。
考えてみたら、入港直後の船員たちの服を引っぺがして洗う洗濯係としての浮浪児たちの仕事だって、サウナと合わせてやらないとあまり清潔にならなくて意味が無いだろう。
「入る入る~!」
シャルロが楽し気に手を上げて応じた。
「まずは外で農作業した人間が町に帰る途中に入りやすい様に、此方に幾つか作ってみた。
これの使い勝手を確認してから港の方にも作る予定だ」
幾つか大きさの違う小屋が町への入り口の傍に並んで建っていた。
「随分と早いな」
アレクが驚いたように言った。
「木タールを塗ってある程度は腐ったりカビが生えたりし難い様にはしてあるが、毎日蒸気を浴びてたらそこそこ早く駄目になるだろうという想定なんだ。
だからあまり手間は掛けずに作って、カビが生えてきたらさっさ建て直して古い建材は木炭に変えてパン屋の燃料にする予定だ」
ジャレットが言った。
そっか、確かに毎日蒸気で湿気ていたらカビが生えそうだよな。
魔術師がいるんだったら殺菌の術を掛けておくという手もあるが、あれは定期的に掛け直す必要があるのでそれなりの数になる予定のサウナ小屋全部にカビ防止の術を掛けて回っていたら大変だろう。
この島には魔術院の支部も無い。
引退した老魔術師や土竜の使い魔を持つ魔術師がいるが、皆それなりに開拓作業や農作業の手伝いに忙しいらしいから、更に追加でサウナの面倒までは見きれないのだろう。
と言うことで、サウナ用のタオルを腰に巻いて、新しい小屋の中に入ってみた。
ちょっと独特な香りがするが・・・嫌な感じではない。
元々船用の木材として木タールを塗った木の備蓄があったのかな?
小屋を複数建てるのに船用の木材を全部使っちゃったら困るだろうから予備があるのか、もしくは乾かす日数もそこまで長くなくて良いのかは知らんが。
考えてみたら東大陸からは近いが、アファル王国側からはそれなりに距離があるから途中に嵐に逢ったりして修理が必要な船って言うのもそれなりに入港しそうだ。
軍港のあるアレグ島の方では民間の船の修理は受け付けてないだろうから、それこそ海賊に襲われて軍船に助けられた船なんかもパストン島で修理する可能性が高いから、それなりに修理用の素材は沢山備蓄してあるのだろう。
多分。
フライパンに乗せた石を持ち込んだジャレットが、石に柄杓で水を掛けた。
ジュワ!!
一気に湯気が出てきて小屋の中が熱くなった。
「うわ~、汗がドパッて出てきた!」
シャルロが楽し気に自分の腕を見ながら言った。
パストン島自体がそれなりに暖かいから今の時期でもちょっと動くと直ぐに汗が出るんだが、なんか熱い蒸気の中にいると一気にドバっと汗が出る感じだな。
魔術学院にあるサウナでもそれなりに汗が出るんだが、なんか違う感じかも?
まあ、あっちは温泉に浸かってから入ることが多いから、身体の状態が違うのかも知れない。
「うが~~!
暑い、ちょっと水を浴びるぞ!!」
暫く小屋の中で元浮浪児たちの事とか、サウナの事とかパストン島で自給できるようになった素材とかこれから自給出来る様になりたい素材の事を話している間も汗がだらだらと流れ出ていたのだが、とうとう我慢が出来なくなって立ち上がって外に出た。
水が出て来るシャワーの下に行き、汗を流しながらヘチマの実を乾かして半分に切ったスポンジで体を擦ると面白いぐらいにボロボロと垢が出た。
屋敷船の風呂には入っていたんだけどなぁ。
風呂で石鹸を擦り付けて泡立てたタオルで体を洗うのと、サウナでふやかした後にヘチマスポンジで擦るのとでは効果が違うのかな?
まあでも、良い感じに綺麗になった気がする。
もう一度だけサウナで体をふやかして、最後に水で洗い流すか。
その前に一杯冷たいエールでも飲もうかな。
小屋の傍に来てにっこり笑いながらエールの樽とコップを此方に見せつけている子供に目が行く。
「・・・ツケで貰えるか?
見て分かるように、金は今持っていないんだ」
風呂に入るのに金は持ち歩かないんだよ・・・。
服を脱いだ個別の鍵付き箱には一応あるけど、出すのが面倒だし。
「兄ちゃん、サウナに入る前に先払いする方が鉄貨1枚分安上がりなんだよ、知らないの?
でもまあ、ジャレットのおっさんと一緒に来たようだから今回はツケでもいいぞ。
鉄貨5枚ね」
ガキがにっかり笑いながら言った。
これって前払いで買っておいて途中で一杯飲み、そんでもってまたサウナで汗をかいたら最後にもう一杯飲みそうだな。
中々商売上手じゃないか。
見習いたいところだが、流石に魔術学院のサウナにエールを売り出す小僧を勧誘する訳にはいかないだろうなぁ。
牛乳コーヒーよりはエールの方が普及してますw




