1063 星暦558年 紫の月 25日 音にも色々あり(26)
「それなりに風が強いとか、冷風機を使っていると漏れてくる音はちょっと大きくなるみたいだけど、会話の内容は相変わらず分からないようだから大丈夫だと思う」
再びオムレツ(中身がちょっと違うっぽい?)の賄いを食べながら俺たちは窓を開けて盗み聞き防止用魔具を使った際の影響について報告した。
「それは良かったわ。
私たちもちょっとは実験したんだけど、それ程しっかり確かめる時間は無いからちょっと不安だったのよね。
・・・ところで、冷風機って何?」
ゼナがオマケのゼリーっぽい何かを差し出しながら聞いてきた。
「涼しい風が出る魔具。
今年の夏からシェフィート商会で売り出すから、暑くなってきたら試作品を幾つか提供しても良いよ~。
お客さんが欲しいって言ったらシェフィート商会へどうぞ!!って伝えてね」
シャルロがさっとゼリーに手を伸ばしながら答える。
凄いな。
さっき見た時はまだ3分の1はオムレツが残っていたと思ったのに、デザートっぽいおまけが姿を見せた途端に皿の上から消えるって・・・シャルロの口とか喉の構造ってどうなっているんだ??
考えてみたら一度もシャルロが食べ物を喉に詰まらせたのを見た事って無いし、いつもお上品に食べているが、時と場合によってシャルロって下町の肉体労働者顔負けな早さで皿の上の料理を平らげるんだよなぁ。
まあ、それはさておき。
「流石に魔石までは提供できないから、運用費用を考えると個室でだけ使うことになると思うが・・・キッチンでも使うか?
熱源の傍で使うとなると魔石の消費量が更に凄い事になるかもだが」
アレクがちょっと首を傾げながら周囲を見回す。
オーブンとかコトコト煮詰めている鍋とかあるから、冬は暖かくて良いけど夏は地獄の暑さになるからなぁ。
去年の夏も裏の扉と窓を開けて送風機を使っていたけど、冷風機を使う場合は窓を閉めた方が魔石の消費量が減る事を考えると、どうなんだろう?
「う~ん・・・ジュレとか冷菓系デザートとか、食材によっては温度が高すぎると形が崩れたり味が悪くなるのもあるから、キッチンの一部だけ涼しくするのは良いかも知れないわね。
こう、涼しい空気を効率的に閉じ込める結界みたいのを張って貰うのって可能?
ちゃんとお金は払うわ」
ゼナがキッチンを見回しながら言った。
なる程、別の部屋にしなければならないとすると工事が必要になるだろうが、空気の動きをある程度遮る程度の結界だったら人の動きや声は阻害せずに、涼しい空気だけをとどめておけるかな?
元々ガーデンパーティ用の雨除け魔具に一緒に付随して造った冷風機に関しては、雨除け用の魔具が結界になっていた。あれの試作品の小さい奴をそのまま持ち込めばいいかな?
「結界付きの冷風機もあるから、別にお金は無くても良いよ~。
でも、なんだったら代金としてホールケーキを一つ持ち帰り用に作ってくれたら嬉しいかも?」
シャルロがぴっと顔を輝かせて言った。
おいおい。
俺も雨除け用魔具の結界の事を考えてたけど、勝手に相談せずに支払代金の代わりにケーキを要求するなよ。
そのホールケーキはちゃんと3人で分けるんだろうな?
・・・タイミングが良かったら二切れ貰ってシェイラと一緒に食べても良いかも知れない。
いや、別にタイミングなんぞ気にせずに、ケーキを一緒に食べに転移門を使ってヴァルージャにちゃちゃっと行っても良いか。
流石に発掘現場までは行きたくないし美味しいお茶も無さそうだから、夕方に受け取りたいところだが。
「ケーキは別に良いけど、流石に料理に直接関係ない魔具まで賄いやケーキで貰うのはちょっと不味い気がするから、叔父と叔母と相談してからね。
そろそろ新しいケーキもかなり納得できる出来になって来たから、どちらにせよ今度試作品を賄いの後に出すわね」
ゼナが苦笑しながら言った。
普通の場合だったら食事と魔具の値段を考えると魔具の方が高いもんなぁ。
ドリアーナで色々と調理に使える魔具を共同開発して、試作品を此方に提供するのと賄いを貰う代わりに売り出す際の利益は俺たちの方っていう話だったのに、調理に関係ない魔具まで賄いだけで貰うのは契約範囲外だと心配なのかな?
まあ、俺たちにとってはどうせ冷風機も販売前の製品見本を試作品として工房から送られてくるから、幾つか提供することでケーキを貰えるならそれはそれで良いんだけどね。
でも、3人で分けるんだったらケーキを3つ要求するべきか?
アレクだって実家にドリアーナのケーキを持って行ったら感謝されるだろうし。
・・・俺の場合はシェイラ以外と特に分けたい相手はいないから、丸々一個貰っても全部食うのはちょっと厳しいかもだが・・・シェイラもシャルロと同じで、甘いものは別腹タイプでホールケーキの大部分でも一人で食べきれるのか?
別腹だとしてもホールケーキを平らげられるのは若い時だけだと思いますがw




