1043 星暦558年 赤の月 30日 音にも色々あり(6)
「そう言えば、ブラグナル男爵家の息子たちが馬車の事故に遭って大怪我して、家族ごと領地に帰ったって話だけど何か知ってる?」
シェイラの所に遊びに来たら、朝食後に迷いの森の散策に出た際にシェイラから楽しげに聞かれた。
「あ、そうなんだ?
それなりに被害者の家族から報復を食らうだろうと思っていたから、もう忘れてた」
あの怖いおっさんが自分の娘を騙していた兄と脅迫していた弟をそのまま放置する筈はないだろうと思ってはいた。
親がどうなるかは不明だったが・・・どうせブラグナル男爵家は息子たちからの違法な稼ぎが無ければとても領地の稼ぎだけであの贅沢な生活は維持できない。
しかも両親は違法行為で稼ぐだけの才覚も無く、領地の税率を上げる程度にしか収入を得る手段が無いようだから先は短いだろう。
領地に戻らなくても男爵夫妻の借金が嵩んで債権者に訴えらえて爵位を失う羽目になるか、自分たちの債権を回収する前に更なる借金を重ねられるのを防ごうとする債権者の誰かに殺されるかのどちらかだろうと思っていたから、あまり気にしていなかった。
報復を食らった息子たちと一緒に領地に戻ったってことは親にも脅しが届いたのかな?
もしくは次男が『王都に残っていたら自分と同じように大怪我することになる』と脅して強引に連れて行ったか。
幾ら大怪我して寝たきりになろうと(寝たきりなのかどうかは知らんが)、少なくとも領地が残っていればある程度の介護はして貰える。だが、領地ごと借金取りに差し押さえられたら最終的にはスラムの道端に放り出される羽目になるか・・・借金のカタにどこかの違法な製薬業者に売られて新薬の実験台にされかねないからな。
次男に意識があったら絶対に親も領地に戻して何とかして金を使わない様にしただろう。
それこそ、手が無かったら親に毒を盛って殺しても不思議は無い。
皆領地に引きこもっただけなら、比較的平穏な終わり方だったんじゃないか?
「ふうん?
まあ、私には直接は関係ないし、友人は何が何でも自分の手で報復をってタイプじゃないから居なくなったならそれで良いか。
で、ウィル達は最近は何を作っているの?」
大きな樹の根をまたぎながらシェイラが尋ねて来る。
・・・ちょっとした段差を上り下りしたり、高い所にある物を出しやすいような持ち運べる展開型小型脚立でも開発したら便利かな?
安上がりにしなきゃダメだろうが、あちこちで必要になる小柄な人間には喜ばれるかも?
それこそ浮遊の術の魔具を売り出すのでも喜ばれそうだが、そっちは悪用の可能性高いってことで確実に販売制限を食らうだろう。
普通に薄い紙とか板みたいのを魔術回路で展開させて強化したような物理的脚立で高さも魔力に関係なく元々造ったサイズで限定されるのだったら良いんじゃないかな?
まあ、それはさておき。
「赤ちゃんの泣き声とか音楽や劇の練習とか言った煩い音を軽減できる防音用魔具を造れないか試している所なんだが・・・完全に音を消すと悪事を隠すのに使えちまうから販売制限が掛かるらしくて、そこが中々上手くいかずに難航してる」
先日の試作品も、部屋の形にして上も併せた5面(床は取り敢えず無視した)展開する形にしたら・・・中にいる人間は頭を抱えるぐらい微妙に遅れた音がガンガン聞こえてきて、会話も音楽も話にならない感じだったんだよなぁ。
「あら。
確かに音を全部ではなく一部の耳障りな分だけ消して、残りを小さく出来るって言うのがあったら嬉しいわね。
でも、普通の家にも防音の術が掛けられているじゃない?
あれを結界に掛けるとか、何とか出来ないの?」
シェイラが首を傾げながら聞いてきた。
「結界みたいに毎回動かして終了したら消える対象に術を掛けておいてもその術も消えちゃうから駄目だが・・・結界以外だったら何とかなるかも?」
それこそ、今さっき考えた持ち運びできる紙や薄い板を強化して脚立に出来る様にするっていうのを壁っぽく使って、それに前もって防音の術を掛けておくとか・・・可能か?
食事処での盗聴防止には使えないが。
赤ちゃんも見えなくなるのは親が嫌がるか?
まあ、ちょっと透けて見えるような薄いレースみたいな生地とかでも可能だったらありか?
ここ数日色々頑張ってきた音を波として打ち消すのと全然違う方向なんで折角の努力を捨てるのはちょっと残念だが。
何とか活用できないかね?
波を打ち消すのを諦めるか実用レベルまで引き上げる為に更に頑張るか、迷いどころです




