104 星暦551年 青の月 21日 追跡
学院祭シーズンになると生徒もかなりの数が授業中に内職していたり、上の空になって出し物について案を練っていたりするので授業もそれなりに簡単な復習と・・・ミニテストになる。
ま、上の空な状態でもテストに受かるぐらい理解しておかなきゃ魔術は危険なモノだと云うところかな?
と言うことでミニテストが終わったらアレクに小さく頷いた後、俺は学院を抜け出した。
昨日の16の刻までで追えたのは一台の片道分だけで、これは下町の貸馬車屋に辿り着いた。
あそこから借りてきたんだろうね。昨日見た範囲ではまだその馬車が帰って来ていなかった。今日はその貸馬車屋を覗いてからそのルートの反対側を追う予定。
運が良ければ貸馬車屋に肝心の馬車があって店主は誰がその馬車を借りたのか教えてくれるかもしれない・・・が、あまり現実的にはそんなことを期待しても無理だろうね。
世の中そんな都合良く話は進まないもんさ。
で。
貸馬車屋では半ば想像していた通り、問題の馬車は帰って来ていなかった。
ということでまた倉庫街へ戻ってルートの反対側を追跡。
しっかし俺もお人好しになったもんだよなぁ。
赤の他人の、手数料も払えないような小娘の為に足を棒にして街中を走りまわるなんて。
シャルロに毒されたな。
ま、毒されるだけの精神的余裕ができたと言うことなのかな?喜ぶべきなのかもしれない。
・・・なんてことを考えながらテクテク馬車跡を追っていたら王都を出て西方街道に来てしまった。
おいおい。
駄目だこりゃ。
人身売買というビジネスは、基本的に貧乏な田舎村もしくは大きな都市の下町で貧しい娘を親や親族から買い取り、それを都市の人ごみに紛れこんで売りさばく。
つまり西方街道に出たということは、これから仕入れに行くということだろう。
追い続ければいつの日かは人身売買の仕入担当を捕まえられるだろうが、そんな時間の余裕は無い。
しかも埃っぽい道を遠路出かけて仕入れをするようなのは下っ端だ。
ちっ。
2つしかない馬車の跡で外れを引いちまうなんて、ついていない。
しょうがないからまた倉庫へ戻り、もう一つの馬車跡を追う。
いい加減、足が疲れたからどっか良いところにたどり着きたいもんだ。
◆◆◆
「ダンガン商会が人身売買に手を出しているという噂を聞いたことありますか?」
アレクがセビウスに尋ねた。
もう一つの馬車跡はダンガン商会の本家の3男の家に行ったのだ。
しかも同じ馬車の跡がもう一本あったからその家から出て、あの倉庫へ行き、帰ってきたんだろう。
ダンガン商会と言えばシェフィート商会の様な全国レベルの商売はやっていないものの、王都では有数の商人の家系だ。
3男が違法奴隷を買って普通の人に出来ないようなことをやって喜ぶ変態なのでない限り、3男もしくはダンガン商会そのものが人身売買に係わっているということになる。
下手に盗賊ギルドの長に確認を取ったらそこから情報が漏れる可能性がある。
裏の社会というのは持ちつ持たれつの世界だからね。
長も人身売買を嫌っているが、全面戦争へ突入するほどではない。
ここで長が俺に情報を提供して、それを元にダンガン商会に警備兵の検挙があったりしたら報復は大規模なモノになりかねない。
裏社会の全面戦争なんて起きない方がいいし、それを避ける為に長から情報を漏らされても困る。
ということで、シェフィート家の次男セビウスの情報網を使わせてもらうとアレクが出てきた訳だ。
「ダンガン商会が・・・という噂は聞いていなかったが、3男が怪しいぐらいに最近羽振りがいいな。何を聞いた?」
「昨日、ゴロツキ3人組に追いかけられている子供を助けることになりましてね。
何とかゴロツキを撒いた後に跡をつけたら怪しげな倉庫街に出て、そこにダンガン商会の3男の馬車が止まっていたんです。何でも子どもは後見人である叔父に無理やり奉公に出された姉を探していたそうなんで・・・多分人身売買なのではないかと」
適当に話をぼかして説明した。
馬車の跡を追って街の反対側にある3男の家まで辿り着きましたなんて言っても信じてもらえないし、信じられても却って後が怖い。
「実際にその姉と言うのを見たのか?」
「見ていたら救出していますよ。ただ、その子供がゴロツキに見つかった時には倉庫に人が色々いたのに、我々がゴロツキの跡を追った時には殆ど誰もいなくて完全に撤去された後だったんです」
「なるほど、確かに怪しいな」
顎を摩りながらセビウスが答えた。
「分かった。あの3男が何をしているのか、もっと詳しく調べさせる。明日、もう一度来てくれ」
流石アレクのお兄さん。
実はこの人もそこそこお人好しだったんだね。