103 星暦551年 青の月 20日 調査
「・・・何も残っていないね」
シャルロが見事空っぽな倉庫を見回して呟いた。
倉庫を詳細に視て周る。
かなりの人数が出入りしていて詳細が分かりにくいが、少なくとも奥の部屋にいたらしき女性たちは殺されていないようだ。
ここでは。
「サーシャに目撃された時点で撤退を始めたようだな。少なくともここでは誰も殺されていない」
「どこに行ったか分かる?」
何台かの馬車がこの倉庫に出入りしていたようだが・・・。
女性たちは馬車には乗せられていないようだ。
馬車で移動していてくれれば後をつけるのが簡単だったんだけどねぇ。
「残念ながら、船で出て行ったようで、どこに行ったのか分からない。
どんな船を使っていたのか周辺の人間に聞いてみるか・・・角度的に入港・出港する際にしか見えなかっただろうからあまり期待できないが」
中々『良い』造りの倉庫だ。
船着き場が倉庫と壁に隠されるようになっていて、入出港する船着き場以外からは殆ど船が見えない。
密輸入とかする業者が良く使うタイプの倉庫だ。
となったら例え黒幕が実際にここを借りていたとしても契約書は穴だらけで役に立つような情報は載っていないんだろうな。
「人身売買は違法行為だ。警備兵を呼び込まないにしても、とりあえず脅してサーシャの叔父とやらからどこから金を借りたのか聞いたらどうだ?」
アレクが提案する。
奉公契約というのはそれなりに拘束力がある。雇用者は奉公に来た人間に最低限の衣食住を提供しなければならないが、代わりに奉公人は最初に貰う支度金に応じた年数だけ雇用者が認めた休日以外は雇用者の下で働かなければならない。
だから奉公人が自由に出て来られないと言うことは良くあるが・・・。
家族が会いに行けないと言うことは本来あり得ない。
だが、奉公契約が転売された場合は『奉公先が見つからない』というケースはありうる。
奉公契約の形を悪用した人身売買が横行する原因だ。
一応奉公契約の譲渡は奉公人の合意も必要なんだが、そんなもん合意署名の偽造ですんでしまう。
魔術院に訴えれば合意署名が偽造されたものかどうか分かるが、偽造されたような奉公人がそんな表に出られることなんて・・・ほぼ無い。
しかも偽造が証明できない限り、魔術院へ足を運ぶこと自体が『奉公契約違反』ということで警備兵に逮捕されて奉公先へ連れ戻される行為だし。
奉公制度と言うのはちゃんと機能している場合は、衣食住を提供された状況下で働きながら技能を学べる良い手段なんだが悪用が簡単に出来すぎる。
だから親が死んだような社会的弱者は絶対に奉公契約に合意してはいけないんだよね。
それが分かっていたから俺は奉公契約を強要されそうになった時に孤児院から抜け出して盗賊の見習いになった。
「とりあえず、サーシャのご両親がシャルロの実家で以前働いていてお姉さんとシャルロが知り合いだったから会いたい・・・という設定にでもして聞きに行ってみたら?サーシャ一人で聞きに行っても無視されるか下手したら監禁されて奉公契約を偽造されるのが落ちだよ」
「そうだね。じゃあ、僕はサーシャと一緒に行ってみるよ」
「では私はこの周辺の聞き込みを少しやった後、ここの契約から何か見つからないかやってみよう」
「俺はとりあえずここからの馬車でどっか使えるところにたどれないか調べてみる。16の刻に寮の傍の喫茶店で会おうか?」
◆◆◆
「奉公契約が転売されていて、最後にオークションされたということで記録が残ってなかった」
シャルロが肩を落としながら報告した。
ま、当然だな。妹が建物を見ただけでゴロツキ3人で追いかけ回した揚句、そこを撤退するような組織だ。やっていることは確実に違法行為だろう。追ってこられる記録を残している訳が無い。
アレクの方の報告もある意味、想像通りだった。
「この倉庫の契約は現金払いで、契約書に書いてあった住所は国立図書館だったよ」
俺も報告できる成果は無し。
「あそこに来ていた馬車の跡を追っているんだが、まだ役に立つようなところまでたどり着いていない。
少なくとも2台は今日の間に出入りしていたから最終的にはどこかそれらしいところに付くとは思うんだけどね」
最終的には、ね。
だが、今日中に見つけるのは無理だ。
そんでもって明日からは授業。
奨学金生の俺としては赤の他人の姉が奉公制度の下に消えたからと言って授業は休めない。
「とりあえず、午前中の授業だけはでて、午後の学院祭の準備を抜け出しちゃって探索を続けてくれない?ウィルがいないのは僕とアレクとでカバーしておくから」
シャルロがにこやかに提案してきた。
うう~ん・・・。
ちょっと不安なんだが。
「大丈夫かぁ・・・?」
「私が適当に言いくるめるから、安心して探索してくれ」
まあ、アレクの嘘つき能力なら信頼できるか。