1019 星暦558年 藤の月 29日 棚以外にも使えるよね?(16)
「で、これがほぼ完成した試作品?
ここにオムツが必要な赤ちゃんなんて居ないわよ?」
ちょっと早めに切り上げて発掘現場へ持ってきた試作品を見て、呆れたようなシェイラに声を掛けられた。
それなりに大きかったので台車に載せて持ってきたのだが、流石に転移門の魔力使用量が跳ね上がったせいでちょっと辛い。
普段は開発中に魔術回路の動きを軽く確認する程度にしか魔力を使っていないから、がっつり魔力が空っぽになるのは久しぶりだ。
・・・魔術師なんだから、もう少し日頃から何かに使って魔力枯渇にも慣れておくべきかなぁ。
でも、元々俺って魔力を使って活躍する人間じゃ無いし。
魔力行使関連の鍛錬ってあまり意味がない気がするんだよね。
まあ、それはさておき。
「2着ずつぐらいしか入らないが、作業服を洗うのにも使えるからここに置いて作業服を街に帰る前に着替えて洗う形にしたらどうだ?
宿屋で洗濯を頼むと高くつく上に必ずしも泥が落ちないって言っていただろ?」
シェイラの服は時折洗濯女にボーナスを払って汚れをしっかり落として貰っているらしいが、他の連中は作業服がこびり付いた汚れでみすぼらしくなっていようが、街や宿に入る際に入り口で止められさえしなければ良いという無頓着さなのをシェイラが以前嘆いていたのだ。
一応オムツの洗濯に関しては近所の子持ちの母親数人に頼んで試してもらっているが、作業服の洗濯に関しては今が冬なせいもあってあまり周囲でそれ程泥まみれになるような作業をしている人間がいないんだよね。
だったら年がら年中地面を掘り起こして泥と埃まみれになっているシェイラやツァレス達に頼めば良いだろうと持ってきたのだ。
「あ~。
確かに便利かも?
だけど魔石代が掛かるんでしょ?」
シェイラが微妙な顔をした。
「宿で洗濯を頼むのだって金がかかるだろ?
取り敢えず試作品を試す間の魔石は提供するから、どれだけ洗濯費が浮いたかを確認して費用対効果を教えてくれ」
宿に泊まる人間ならまだしも、一般家庭で洗濯を担当している母親や妻たちが洗濯をする代わりに魔石を使うことで節約した時間を何に活用出来るかでこの洗濯用魔具が売れるかどうかは分かれるとは思うが、取り敢えずどの程度の違いが出るかで売り出し方も変わるかも知れない。
「そうね。
がっつり汚れが落ちて綺麗になるんだったら、お客さんの服を洗うのに洗濯女との契約の代わりにどうって宿に売りつけるのもありかも?」
シェイラが言った。
「まあなぁ。
宿が洗濯をするんじゃなくって、井戸の傍にでも置いて客が自分で魔石を買い取ってちゃちゃっと洗える形にしたら良いかもだな。
その場合だったら乾燥まで出来る必要があるかもだが」
まあ、宿で靴下や下着を洗って部屋に干すことは良くあることなのだ。
ズボンやシャツのような洗うのが大変な物もさっと洗えるようにしたら、部屋に服を干す紐でも付けるだけで全部済むかな?
部屋が湿ってカビっぽくなるかもだが。
とは言え、普通に脱水するよりもしっかり水を抜けるので、比較的直ぐに乾くし部屋がそこまで湿気ることもないと思う。
多分。
「で、どうやって使うの?」
シェイラが魔具を覗き込みながら言った。
「石鹸は洗濯用のを買ってきてこのケースに入れて上から蓋を締めたら丁度1回分に良いぐらいの石鹸のサイズに切り分けられるから、それを毎回一個ずつここに放り込んでくれ。
あとはここに水を汲んで入れておき、こっちに汚れた洗濯物を入れて魔石の魔力が足りていることを確認したら蓋を締めてここを押し込めば生地から土埃諸々を落とし、石鹸を溶かしたぬるま湯で洗ってすすいだ後に脱水してこちらの籠に服が出てくるようになってる。
かなりしっかり脱水されているが完全には乾いていないから、適当に皺を伸ばしてそこら辺に干せば良いと思うぞ」
ここまで勝手に動く様にするのに、かなり苦労したんだよなぁ。
色々と試行錯誤し、村中のウンチ付きオムツを毎日回収させて洗う羽目になった。
お蔭で近所の赤子持ちの女性陣から物凄く感謝されたけど。
『オムツを洗わなくて良い生活に慣れちゃったら元に戻れない~~!!』って叫んでいる女性が何人かいたから、試作品を割安で譲ってあげると良いかも知れない。
「ふうん。
これって勝手に洗ってくれるんだ。
・・・色々と使い道がありそうね」
何やら考え込んでいたシェイラが嬉しそうににっこりと笑って言った。
「うん?
まあ、生地を洗うしか使い道はないと思うが、好きなように使ってみてくれ。
洗濯以外の使い道も思いついたなら教えてくれると助かる」
それなりに工程が多いから魔具としてもそこそこ製造費がかかるんだよなぁ。
一般庶民もしくはメイドのいる金持ちに売れるかどうか、ちょっと微妙な気がしないでもないから使い道として提案できる相手が増えるのは有難い。
地道に開発作業を書いても退屈かと想い、一気に完成間際まで話が飛びましたw




