彼らの「協奏」
俺は木刀の腹で、錘化した拳の縁を撫でた。
急がず、焦らず、角を丸め、面を広げる。
広がった面に、和音の圧が散り、足元に“浅瀬”が現れる。
「――今」
全員の身体が、同じ言葉を待っていたみたいに動いた。
拳の錘を軸に、火の螺旋がゆっくり回る。
俺の木刀が面をさらに外へ押し出し、オスカーが死角の刃を一つ抜き取り、アレクセイの分身が外周で壊れながら印を残す。
舞台に、はっきりと“呼吸の輪”が生まれた。
そこだけ空気が軽い。そこだけ音が遅い。
輪は小さい。けれど確実に存在する。
「……これが、俺たちの“舞台”だ」
胸の底で確信が鳴る。
ソリストの指が、和音をさらに一段積み増した。
世界が低く唸り、輪の外側が潰される。
輪が縮む。縮む前に、俺たちはもう次を置く。
「短く切ります。ここからは刻みますよ!」
アレクセイが今度は速く、鋭く叩いた。
「呼吸を刻みなさい!」
「任せろ!」
オーウェンが前へ二足、連打の“置き”を刻む。
ヴァレリスが火の点線を引き、刻みに合わせて弧を短く重ねる。
オスカーが三点へナイフを投げ、跳ねるように位置を変えながら背をいちいち潰す。
俺は木刀で面の角を“連続で”削り、押し返すのではなく微細に方向をずらす。
刻みが輪の内側と外側の境を曖昧にしていく。
外の暴力が内へ侵入する前に、こちらの“順番”が先に通る。
順番が通れば、侵入は手遅れになる。
「もっと寄せろ!」
オーウェンが声を張る。
「輪を広げるんじゃねぇ、輪を濃くする!」
拳の置き方が重ねに変わり、同じ場所を二度踏む。
重なった場所に“芯”が生まれ、和音が勝手に避ける。
「火はもっと細く...。」
ヴァレリスが剣先で火花を散らすだけに切り替える。
細い火は縁取り専用、燃やさない、染めるだけ。
「染めた輪は、消えにくいから。」
「いい色ですねぇ。」
オスカーが短く笑う。
刃を投げ、投げた先へ転移し、戻る。
呼吸を切らさないよう、わざと短い距離と短い間合い。
「遠くへ飛びません。近いほうが、今は強いですから。」
「――今は音より先に出る言葉ですよ!」
アレクセイの声が一層鋭くなる。
言葉が合図であり、刃であり、接着剤であり、舞台の境界線だ。
輪が、濃くなった。
和音が触れると、勝手に“輪の外”へ滑っていく。
押し返してはいない。だが、通らせてもいない。
輪の真ん中で、俺たちは息を揃える。
影の観客が最後の手を見せた。
列を組み直し、深く頭を下げ――その背から、細い黒い糸が伸びる。
「切るぞ!」
俺が踏み出すより先に、オスカーが三本投げた。
糸の結び目へ順に突き立ち、彼は一拍の間に三度“そこ”へ現れては消え、結び目だけを短く断ち切る。
「残り一本ですよ!」
「私が!」
ヴァレリスの火が線になり、最後の一本を焼き落とす。
輪が息を吹き返し、元の濃さを取り戻した。
「前!」
オーウェンが拳で輪の前縁を叩き、和音の面を“輪の形”に歪める。
形が付いた瞬間、面は輪を避けて流れた。
「この形を覚えろ! これが俺たちの盾だ!」
「盾で終わらせない」
アレクセイが静かに言った。
「ここから、音を返す」
返す――その言葉が、全員の中で同じ意味になった。
押し返すのではない。輪の中で整えた順番を、外へ流し出す。
こちらの“表”を、世界へ渡す。
俺は木刀の腹を輪の縁に沿わせ、面の角度を外へ向けた。
ヴァレリスが火で縁を走り染め、オーウェンが拳で“置き”を外方向に落とす。
オスカーが短距離の転移で背を受け、アレクセイが言葉で境界線を押す。
輪が外へ滲んだ。
和音の面が、ほんの一瞬だけ、こちらの“順番”で動いた。
世界が、わずかにこちらの都合で息をした。
胸が震えた。
フィナーレのただ中で、俺たちの協奏が外へ響いたのだ。
「――もう一度」
誰の合図でもなく、全員が同時に言った。
拳が置かれ、火が縁を走り、刃が背を見、言葉が境界を繕い、木刀が角を落とす。
二度目の滲みは、さっきより遠くへ広がった。
影の観客が足を止める。
顔のない顔が、こちらを“見た”気がした。
ソリストの指が、次の和音を掴みかける。
「間に合う」
俺は木刀を構え、輪の縁に再び腹を沿わせた。
「今度は、こっちが先だ」
輪が脈を打つ。
五人の呼吸が、同じ深さで重なる。
押し寄せる和音の前に、こちらの順番が先に走った。
フィナーレの海に、確かな筋が一本――
俺たちの“演奏”が、道として刻まれた。