表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

93/124

終幕へと向かう舞台

和音は地鳴りを増し、舞台の骨が唸った。

 天井の残骸が渦を巻き、譜面めいた格子が回転している。

 客席の帯は垂直に落ち、影の観客が波頭のように押し寄せた。


「前、厚いな!」

 オーウェンが踏み込み、拳を“置く”。

 殴るより先に、そこに自分の重さを作る。

 重さは合図になる。重さのぶんだけ、仲間の動きが乗る。


「いい位置よ!」

 ヴァレリスが火の線を引き、その重さの輪郭を赤く縁取った。

「次、右上から!」

 炎の軌跡が、拳の“置き場所”に角度を与える。


「背中は一度預かりますよ!」

 オスカーが後方へナイフを投げ、消える。

 影の肩に現れ、逆手で喉元を払い、即座に別の方向へもう一投。

 次の瞬間、俺の右後ろに戻る。

「……息が持たないですが...。まだやれますよ!」


「目を逸らすな、諸君!」

 アレクセイの声が舞台の骨を叩いた。

「混沌は脅しではない、素材だ! 我らの手で“段取り”に変える!」

 分身が四方へ散り、影列の足を取っては砕け、砕けては次の目印を残す。


 俺は木刀の腹で、オーウェンの“置き場所”を撫でて広げた。

 角を落とす。重さが逃げないよう、面を作る。

 和音の圧は面に散り、半拍だけ遅れる。そこが吸える空気だ。


 吸って、吐く。

 五人の胸が、同じ深さで上下した。


 影の観客が段取りを変えた。

 最前列が一斉に首を傾げる――ただそれだけの動作。

 だが、その微細な角度が視線を引っ張り、脳裏へ偽の“正面”を刷り込む。


「クソッ...テンポが!」

 俺の足が半歩ずれた。

 たったそれだけで、和音の刃が頬を掠める。


「正面はこちらですよ!」

 アレクセイの声が位置を正した。

「舞台の中心は、君たちが踏むところですよ!」

 言葉そのものが、舞台の目印になった。

 分身が俺たちの周りに円を描き、そこが“正面”だと示す。

いい


「助かった!」

「礼はあとにしてくださいよ!」

 ヴァレリスの火が横から来る音の幕を薄く焼く。

「今のうちに一息――は無理ね、来るわよ!」


 天井の格子が一段、低くなる。

 符尾のような光が束になり、弦みたいに張った空気を撥で叩く。

 耳の奥がひっくり返り、膝が笑う。


「オスカー!」

「もう投げてます!」

 彼は高所へ向けて、ナイフを投げた。

 次の瞬間、空中に現れる。ぶら下がるように一度だけ体を止め、さらに遠くへ三本目を投げて消えた。

 落下の直前、俺たちの頭上で一拍遅延。光の束が彼の残した空白へ“ふわり”と落ち、狙いを外す。


「いい仕事!」

 オーウェンが拳を低く構え、そこへ“置く”。

「ヴァレリス!」

「もうやってるわよ!」

 火が拳の縁を走り、重さの形を確定させる。


 俺は木刀で面を広げ、角を潰し、衝撃を横へ逃がした。

 アレクセイの声が、その横流しを台詞に変えて縫い止める。

「今の一息が、次の一歩を生む!」


 影の観客が拍手の仕草を始めた。

 音のない拍手。だが空気が叩かれ、鼓動が乱される。

 それは“拍子ではない拍”で、身体から意志を奪おうとする。


 俺は木刀の石突で床を三度叩く。速・遅・速。

 偽の拍に対して、こちらの段取りを叩き込む。


「了解!」

 オーウェンが足を一つ踏み、拳を置く。

 ヴァレリスが斜めに火を引き、置き場所を回転させた。

 オスカーが背中へ飛び、刃の影を切る。

 アレクセイが短く、低く言う。

「これこそが舞台!このまま終局へと向かおうではありませんか!」


 視界が静まる。

 数秒前までの暴力が、同じ暴力のまま“読み取れる形”に変わった。


「……いける」

 喉が乾いているのに、声は自然に出た。

 偶然じゃない。段取りが生き物のように増殖している。

 和音がさらに積み重なった。

 低い震えが足裏から脛、膝、腰へと這い上がる。

 中音が胸を抉り、高音が視界の端を白く焼く。


「ここからはゆっくり行きましょう!」

 アレクセイが珍しく短い指示を出した。

「台詞も呼吸も、伸ばす。――合わせて」


「ゆっくりするのは慣れないな!」

 オーウェンが笑って、拳を置くというより“沈めた”。

 重さが床に吸い込まれていく。支えではなく、錘。

 床の軋みが和音の一部を引き寄せ、圧が低く深く変質した。


「じゃあ、火は薄く長く...。」

 ヴァレリスが火の帯を引き、錘の周りに螺旋を巻く。

 炎は燃やすのではなく、重さを“輪郭化”する役。

 長い息の火が、圧の行き先を円周へ導いた。


「背中の圧、一度だけ外します...よッ!」

 オスカーが二本、遠くへ投げ、空中で一拍滞在。

 背後から来る圧が、彼の不在の“影”へ迷い込んで遅れる。

「戻った」

 足元に着地し、即座に俺の肩越しを覗く。

「次の遅れは作れない。今の一回で十分でしょう」


 アレクセイが言葉をゆっくり置いた。

「幕はまだ降りない。――降ろさせもしない」

 低く、長い線。音の帯に絡みつくような声の線。

 それが舞台の外周に縄張りを引く。

 そうして、舞台は最終局面を迎える。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ