表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

85/149

狂詩曲

 一音。

 ソリストの指が鍵盤を叩いた瞬間、劇場全体が爆ぜた。

 ワルツの優雅な三拍子は跡形もなくかき消え、代わりに響き渡ったのは怒涛の旋律。

 壁がひしゃげ、天井がひび割れ、床が跳ねる。

 リズムも秩序もなく、ただ激情だけが形を成した。

 ――第四楽章『狂詩曲ラプソディ』。


 目の前で床が裂け、黒い空洞が現れる。

 すぐさま耳をつんざく破裂音が重なり、音の槍がそこから生まれた。

 ひとつを木刀で斬ったが、残りが四方から突き刺さる。

 咄嗟に肩で受け流し、背中を焼く痛みに息を呑む。


「……チッ……容赦ないな!」

 オーウェンが叫び、拳を叩き込む。

 迫り出した壁を粉砕するが、砕いた破片が反転して音の刃となり背後を裂いた。

 振り返ってもう一撃。拳が血に濡れながらも、彼は歯を食いしばって立つ。



「リオール、右!」

 ヴァレリスが炎剣を構え、火を噴き出す。

 足元から吹き上がった衝撃波を、彼女の炎が押し返した。

 炎尾が軌跡を描き、迫る破片を焼き落とす。


 だが次の瞬間、炎自体が揺らされて逆流した。

「くっ……!」

 ヴァレリスは剣を反転させ、背後へ火を収束させて爆ぜる。

 爆風が迫る槍を逸らし、彼女は辛うじて体勢を保った。



「……まずいですねぇ。」

 オスカーがナイフを投げ、転移で間合いを外す。

 しかし移動先の床が次の瞬間に消えかけ、足場が揺らぐ。

「ッ、早いですね!」

 咄嗟にナイフを投げ、再び転移。

 肩で着地し、息を荒くする。

「……一拍遅れただけで死にますねぇ……。」


「観客よ! ご覧あれ! 譜面は焼け、即興の嵐――これぞ狂詩曲!」

 アレクセイがカードを散らし、分身を舞台に解き放つ。

 分身たちは波のように現れては砕かれ、別の分身が次を受ける。

 本体はその隙を縫って動き続ける。

「役者は即興を恐れず、舞台を踏み鳴らすのです!」

 声は芝居がかっている。だが、汗に濡れた頬と震える呼吸は、彼が必死であることを隠せなかった。


「……完全に無秩序ではない」

 ザミエルが淡々と告げる。

「音の撓み……そこが次の打点だ」

 三発の銃声。弾丸が音の歪みに食い込み、軌道を曲げさせた。

「……やはり、理は残っている」

「だる……い~……けど、吸えば止まる~」

 ヴァインが鎖を伸ばし、音の塊を絡め取る。

 衝撃を吸い取るたび、彼の体に負担が重なる。

「……胃もたれするみたいで、気持ち悪い~……」

 苦笑を浮かべつつ、鎖は休まず動いた。


「長くは持たない……なら、短く、速く……」

 ペイルは裂け目を小刻みに開いた。

 針のような穴に音の突風が足を取られ、崩れていく。

「……点で躓かせる……!」

「矢が死ぬほど速いなァ……なら、当たる直前に“ここ”を作るだけぞなァ」

 オルテアの矢が虚空から現れ、迫る音の礫を一息で穿った。

 短い間に無数の矢を生み、仲間が滑り込む余地を作る。


 俺は木刀で迫る刃を逸らしながら、必死に思考を巡らせた。

 ワルツには三拍子という鍵があった。

 では、この狂詩曲には――?

 攻撃は無秩序に見える。


 だが、ザミエルは「撓み」を見抜き、ペイルは「針」で止め、ヴァレリスは「火流」で押し返した。

 小さな“理”は確かに点在している。

 だが全体を貫く鍵はない。

 あるのはただ――即興の耐久。

 拾える理を繋ぎ、場当たりで生き残るしかない。


 舞台の骨が軋み、観客席の影がせり上がる。

 見えざる観客の喝采が嵐を肥大化させ、攻撃はさらに苛烈になる。

 光の雨、床の崩落、無音の穴、音の槍。

 すべてが同時に襲い、誰かが一瞬遅れれば、即座に退場だ。

「……持つのか……俺たち」

 汗で視界が滲み、呼吸が焼ける。

 木刀を構え直しながら、俺は歯を食いしばった。

 狂詩曲は止まらない。

 ただ激情の嵐が、俺たちをすり潰そうと鳴り響いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ