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円舞曲

 一音。

 ソリストの影が鍵盤を弾いた瞬間、劇場の空気が弾け飛んだ。

 夜想曲の闇は霧のように散り、代わって舞い込んできたのは軽やかで、しかし不気味な旋律だった。


 三拍子。

 華やかに響く舞踏会の調べ。だがその裏に潜むのは、確かに人を嘲笑うような冷たさだった。


 ――第三楽章『円舞曲ワルツ』。


 床は磨かれた鏡のように光を帯び、滑らかさが足を奪う。

 赤いカーテンは風に揺れるドレスの裾のようにひらめき、劇場全体が一夜限りの舞踏会場へと姿を変えていく。


 俺たちは否応なく、そのリズムに囚われた。

 一拍、二拍、三拍――。

 無意識に足が動く。見えない糸に操られているかのように。


「……足が、勝手に……!」

 ヴァレリスが目を見開き、炎剣を握り締める手が揺れる。

 剣先までもが三拍子に合わせて揺れ動いていた。


「これは……踊れってことか!」

 オーウェンが吠え、拳を突き出す。

 一拍目に踏み込み、二拍目で殴り、三拍目で戻す――自然とそう動かされる。

 だが振り下ろした拳は空を切った。旋律が間合いをずらし、攻撃を空に逸らしてしまったのだ。


 舞台中央で、アレクセイがひらりと身を翻す。

 胸に手を当て、大仰に観客席へと語りかけるような仕草。

「おお! 見よ、この華麗なる変奏! 戦場は舞踏会へと化し、役者は否応なくステップを踏む! 観客が望むは剣戟に非ず、円舞の優雅! ……いやはや、なんと皮肉な趣向でしょうな!」


 その声色は芝居がかっている。だが、わずかに震えを含んでいた。

 彼もまた恐怖を抱きながら、道化の仮面で塗り隠しているのだ。


 次の瞬間、攻撃が始まった。


 一拍目――床が波打つ。

 二拍目――壁が迫り出す。

 三拍目――天井から光の破片が降る。


 リズムに乗った三連打。攻撃すら舞踏の一部として仕組まれていた。


「くっ……!」

 俺は木刀で床から迫る波を斬り払う。

 だが体勢が崩れ、二拍目の壁が避けられない。咄嗟に横へ飛ぶも、肩をかすめる衝撃が全身を揺さぶった。


 オスカーがナイフを投げる。

 一拍目で狙いを定め、二拍目で投げ、三拍目で転移。

 だが、リズムに弾かれ、転移先が空振りする。

「これは...!」


 ザミエルの銃声が鳴る。

 だが狙い澄ました弾丸も、三拍目の強引な揺れで弾道が外れる。

「……弾道を歪ませられるとは……」

 淡々とした声に、わずかな苛立ちが滲む。


 ペイルが裂け目を走らせる。

 一拍目で鎌を構え、二拍目で斬り、三拍目で閉じる。

 だがわずかにずれた拍に呑まれ、裂け目はすぐに閉じてしまう。


「……リズムに……潰される……!」

 ペイルの声は震えていた。

 ヴァインの鎖も同じだ。

 一拍目で伸ばし、二拍目で絡め、三拍目で引き戻す。

 だがリズムの歪みに弾かれ、鎖は逆に絡まり合ってしまった。

「だる……い~……」

 息を吐きながらも、彼は必死に鎖を操る。


 アラエルの羽が舞う。

 彼女は仲間を庇うように羽を広げたが、リズムに押し流され、庇う位置から外れてしまう。

「……リズムに……逆らえない……!」


 イゾルデの斧がうなりを上げる。

 だが三拍の流れに合わせきれず、体勢を崩す。

「なにこれ……! 全然……振れない……!」


 仲間たちは次々に攻撃を試みるが、すべて空振り、もしくは逆に弾かれる。

 ソリストは相変わらず、舞台中央で静かに演奏を続ける。


「……っ」

 俺は木刀を握り直した。

 このままでは全員が翻弄され、次々に退場させられる。


 一拍目に構え、二拍目に振り下ろし、三拍目に戻す。

 試しにそう動いた瞬間、波が綺麗に裂けて背後に抜けた。


「……今のは……」

 胸に確信が芽生える。

 これはただの足枷ではない。

 “三拍子で動くこと”が、この楽章の攻略法――。


 だがまだ確信には至らない。

 次の波が迫り、俺は必死に構えを取った。

 仲間たちの混乱を横目に見ながら、心の奥で叫ぶ。


「……待ってろ……必ず、この舞踏を読み解いてみせる……!」


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