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黒き影との戦い

 動きの外形じゃない。準備のリズム、怖さの逃がし方、守りたいものへ自然に寄っていく無意識。

 それは、本人の中で年輪のように積もったものだ。


 「……違う。」

 心が否を突きつける。

 だが、理性はもう少し材料を求める。俺はさらに応戦し、さらに観察する。


 ――試すか。


ヴァレリスの影へ、敢えて左足を一瞬置き忘れるような隙を作ってみる。彼女なら、そこへ切っ先を入れず、炎の尻で押すはずだ。


 黒い剣先は、たしかに一瞬鈍り、炎が空気を押した。斬らなかった。押した。


 次。オスカーなら、俺が反転のための“点”を作らない限り、転移しない。点のない場所へ投げても、転移はしない。


 ナイフは床板の節目を狙い、そこへだけ転移が発生する。点を作らないと、彼は来ない。


 真似なら、ここまではしない。

 “本人の遠慮”を、どうやって模倣する?


 胸が重くなる。額の汗が冷たくなり、手のひらの汗が粘る。

 ――やっぱり、コピーじゃない。


 さらに数合。

 ザミエルの弾道が、俺の次の一歩へ“予約”される。予約された拍を外すために、俺は半音楽的に足の置き場をずらす。「ここへ置くべき」の反対へ置く。


 黒い狙撃は、予約した位置へだけ現れ、空を切った。

 予約を上書きしてまでは、追ってこない。彼はいつだって、最小の弾で最大の効果を選ぶ。愚直に追わない。

 これは、彼の思想だ。


 ペイルの裂け目が、俺の足の影に沿って伸びる。影の線が太くなったところで、裂け目も太る。

 彼女は怖いから、明るい方ではなく、影を斬る。目を細めても見えるから。

 黒い線は、影を斬っていた。


 「……本人だ。」

 喉が乾いて声にならない。胸の奥で、確信が形を持つ。

 仲間が敵に見えている。これは――夜想曲の幻惑。


 だが、気づいたところで戦場は止まらない。

 闇は相変わらず、目の焦点をずらし続ける。舞台は動かないのに、距離が伸び縮みする。観客席の列は、右から左へと緩やかに流れていく錯覚を続ける。自分の場所だけが一人取り残され、足元の板だけが“ここ”を主張する。


 仲間の影が交錯する。

 オスカーの“点”へアラエルの羽が被さり、転移の着地点に羽根の渦が立つ。オスカーの影は、転移の直前で止まった。止まって、別の点を拾い直した。


 ヴァインの鎖がザミエルの射線を横切ると、弾道は鎖の輪と輪の隙間を縫って抜けた。彼は鎖を傷めない道を選んだ。


 ペイルの裂け目がヴァレリスの炎の尻尾を掠めそうになると、炎はわずかに背を丸めて裂け目の縁を跨いだ。

 ――敵なら、わざわざそんな遠慮をしない。


 「やめろ――」

 声は出した。けれど、闇が全部呑み込む。俺の言葉は誰にも届かない。

 届かないから、俺は次の“証拠”を探す。確信が揺らがないだけの、最後の一押し。


 オーウェンの影が来る。真正面。彼はいつでも真正面だ。

 俺は逃げたい。けれど、ここで逃げると、彼は追ってくる。真正面に立って、止まるまで殴る。


 だから、真正面から“外す”。肩だけを、半寸右へ。

 彼の拳は空を掴み、次の拳の溜めに移る。二の拳は、俺ではなく――その奥で暴れていた“別の黒影”へ流れかけ、寸前で止まった。

 彼は仲間を殴らない。たとえ“敵”に見えても、身体のどこかが仲間を避ける線を覚えている。拳の軌道に、記憶が混ざる。


 そこまで見えたとき、ようやく、胸の中の最後の抵抗が剥がれ落ちた。

 これはコピーではない。

 夜想曲は、仲間の姿を黒い敵に“見せる”。

 だから、俺には黒い敵が見える。

 でも、動いているのは――仲間だ。


 木刀を握る手が汗で滑った。拭う時間はない。

 避ける。いなす。殺さない。絶対に、当てない。

 いま、俺が一撃でも“敵”へ深く入れれば、それは仲間へ刺さる。


 息を吐く。闇は吐いた息まで黒く塗りつぶす。

 それでも、吐く。

 そして、決める。


 ここから先は、ただ凌ぐのではなく、気づかせるために動く。

 俺が最初に気づいた。なら、次に気づかせる相手を選ぶ番だ。


 闇はなお、拍を刻む。ソリストの手は止まらない。

 黒い影は“敵”の顔で迫り、仲間の身体で躊躇い、また迫る。

 俺は木刀を低く構え、足の親指で床を噛んだ。

 ――ここから、逆転の“間”を作る。気づきの“拍”を、俺が刻む。


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