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前奏曲

 白い波は、次第に凶暴さを増していった。

 最初は単なる音の奔流に過ぎなかったそれが、今では鋭い刃を潜ませ、鉄槌のような重みを帯びて押し寄せる。木刀で受けるたびに腕が痺れ、骨の奥まで響いてくる。


「まだ増すのか……!」

 思わず声を上げる。終わりの見えない波に、胸の奥が冷たくなる。


「なァ……とんでもねェ演奏だなァ……」

 オルテアが吐き捨てるように言い、矢を放つ。矢は直前にだけ姿を見せ、波の芯を射抜いた。ひとつの衝撃が砕け、音が消える。だがソリストの影は微動だにしない。ただ鍵盤を叩き続けている。


「……やはり、舞台そのものがヴェルディアか。」

 ザミエルが職人のように冷静に呟く。ライフルを構え、連続で弾丸を撃ち込んだ。銃声のたびに波の拍が削がれ、流れが乱れる。


「こいつ……長い~。」

 ヴァインの鎖が唸り、波の足を絡め取った。余剰の音が吸われて力を失い、鎖が鈍く光を帯びる。

「終わり……まだ遠い~。」


 俺は歯を食いしばりながら木刀を振り下ろす。斬っても斬っても、ソリストの影に届かない。直撃した矢も炎も、ただ波に吸い込まれて消えるだけだ。

「……やっぱり通らないか。奴自身は無敵だ。」


 苦く呟き、仲間に声を投げた。

「だが波は斬れる! 劇場を取り戻すんだ!」


「見てください! 壊れていた柱が立ち直る! これぞ再生の舞台!」

 アレクセイが舞台中央に躍り出て、観客に語りかけるように叫んだ。トランプを散らして分身を生み出し、同じ動作を繰り返させる。芝居がかったその姿に、波が一瞬だけ迷った。

「崩壊から蘇生へ! 芸術とは、こうして完成していくものです!」


「芝居はいい! 手を止めるな!」

俺は彼を叱咤する。だが同時に、その派手さが場を揺さぶっているのも分かっていた。


ヴァレリスが炎剣を振るい、足元から噴き上げる炎で身体を加速させる。熱を背に受けて斬り込むと、波が真紅に焼き裂かれて悲鳴をあげた。

「リオール、合わせて!」

「行くぞ!」

 俺は炎の裂け目を辿り、木刀で残滓を打ち払う。


 ペイルが鎌を振り、床に裂け目を走らせる。余剰の音が吸い込まれて流れが軽くなる。

「……少しだけ……でも、これで……」

「十分だ、助かる!」

 俺はすぐに返事をして、彼の裂け目を踏み台に木刀を叩き込んだ。


イゾルデの斧が舞台の破片を吸い込み、刃を巨大化させて波を砕いた。

「まだまだいけるよ!」

「その調子だ、イゾルデ!」

 俺が声を張ると、彼女はさらに勢いを増した。


オスカーはナイフを放ち、瞬時に転移して波を切り裂く。

「ふぅん……届いてはいるけど、影本体には効かないねぇ。」

軽口を叩きながら、また刃を投げる。


 アラエルの羽がふわりと舞い、仲間を覆う。

「慌てないで。みんな、ちゃんと守ってあげるから。」

 その声に背を押され、俺は再び踏み込んだ。


 劇場は震えるたび、少しずつ蘇っていく。

 欠けていた欄干が繋がり、赤いカーテンが艶を取り戻す。天井画の天使に朱が差し、光を宿したシャンデリアがふたたび煌めきを放った。


「観客は息を呑んでいる! この廃墟が蘇る姿を目撃しているのです!」

 アレクセイの声は芝居がかりすぎて滑稽ですらあった。だが、確かに波のリズムがわずかに乱れる。

「さぁ! 次の喝采を求めて――扉を開けるのです!」


 ソリストの指が高音を叩いた。

 次の瞬間、波は壁に変わった。


「壁……!」

 俺は息を呑み、木刀を構え直した。

「扉を作るぞ! 俺に合わせろ!」


 木刀で輪郭を描き、ヴァレリスが炎で縁を焼く。オルテアの矢が蝶番を射抜き、ザミエルの弾が枠を固める。ペイルの裂け目が線を走らせ、アラエルの羽が軸を支えた。ヴァインの鎖が取っ手を作り、イゾルデが豪快に押し開いた。


 白い壁に口が開き、俺たちはそこを駆け抜ける。

 背後で扉が閉じると同時に、劇場はさらに荘厳さを増した。

 欄干は金の縁取りを取り戻し、座席は深紅の艶を放つ。天井画の天使がこちらを見下ろし、観客席に見えない拍手が響いた気がした。


「いいぞ……! 流れが変わってきた!」

 俺は仲間に叫び、木刀を構え直す。

 だがソリストはなおも影のまま、ただ無言で鍵盤を叩き続けていた。


 ――前奏曲の終わりは近い。だが、それは次なる楽章の始まりにすぎなかった。


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