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「招待状」

 祭りが終わったあと、俺は寮の部屋に戻った。

 まだ遠くから笑い声や太鼓の余韻が響いていたが、部屋の中は静かだ。机の上には祭で集めた景品や土産物が並んでいて、それらを見ているとようやく戦いや騒動の記憶が遠ざかるような気がした。


――だが、その安堵は長く続かなかった。


机の真ん中に、一通の封筒が置かれていたのだ。

黒を基調にした厚紙。縁には金の唐草模様。表面には、俺の名前がしっかりと記されていた。


「リオールへ」

心臓が一度だけ大きく跳ねた。

差出人の名はない。けれど、俺を名指ししている。


指先が自然と封を切っていた。中には厚手の便箋が一枚。そこには流麗な筆致で、こう記されていた。


《演奏会へのご招待》

王国立カレイドフローラ学園に学ぶ、リオール殿。


あなたの歩みを讃え、今宵特別な舞台へとお招きいたします。

時も場所も問わぬただ一度きりの演奏。

あなたのための座席は、すでに整えられております。


どうか最後の一音まで聴き届けてください。


出席を望まれるなら、下に署名を。




 文面の最後に、空欄の署名欄があった。


「……俺宛、なのか」


背筋に冷たいものが走る。誰が送ったのか、どうやって部屋に入れたのか、皆目見当もつかない。けれど、ただの冗談で済む気配ではない。


少し迷ったが、放置することもできなかった。他の誰かを巻き込みかねない。

俺はペンを取り、署名欄に自分の名を書き込んだ。


その瞬間、便箋から黒い光が立ち昇った。

渦が広がり、視界が闇に包まれる。


――次に目を開けた時、俺は赤いビロード張りの椅子に座っていた。



そこは劇場だった。

壁の装飾は剥がれ、シャンデリアは傾き、長い年月の埃が漂う。だが舞台中央だけは鮮烈な光に照らされ、黒いグランドピアノが置かれていた。


「……リオール?」

隣からヴァレリスの声。彼女も同じ椅子に座らされている。

視線を巡らせれば、オーウェン、ペイル、イゾルデ、アレクセイ、オスカー、ザミエル、オルテア、アラエル、ヴァイン……満開クラスの仲間たちが、皆一様に座席に座らされていた。


「ここはどこだ!?」オーウェンが声を張る。

「さっきまで寮にいたはずなのに……」ペイルが震える声で呟く。

「えぇ~...だる~...。」ヴァインが気だるげにつぶやく。

「ワタクシたちの演出家は誰でしょうね……?」アレクセイが芝居がかった声で続ける。


その時、舞台に座る影に気づいた。

黒い燕尾服のシルエットだけが揺らめく。顔も肉体もなく、ただ“奏者”の形だけをしている。

影は静かに鍵盤に手を置いた。


――一音。


劇場全体が震え、澄み渡る音が響いた。

美しい。痛みを伴うほどに、美しい音色。


脳内に直接、言葉が流れ込む。


――第一楽章『前奏曲プレリュード』。


軽やかな音階が次々と舞台から溢れ出す。

白い衝撃が波となり、観客席へ押し寄せてきた。

「来るぞ!」

俺は木刀を抜き、音の波を切り裂いた。手応えはある。確かに斬れる。

ペイルが鎌で切り裂き、炎剣を握ったヴァレリスが波を払う。皆、容易く対応できていた。

「なんだ……避けやすいじゃないか。」オーウェンが笑う。

「ただの前奏って感じだね?」イゾルデが肩を回す。

「……前奏曲。始まりの曲、ですか。」ペイルがぽつりと呟いた。

 俺は頷いた。確かに、これはまだ本番ではない。

 だが――


「そっちが攻撃してきたんだァ...文句は言わせないぜェ?」


オルテアが弓を放ち、直撃するかと思われたその時...。


「あァん?」


矢が奏者の体をすり抜けた。


「……効いてない?」

「直撃したのに……」

ヴァレリスが炎を走らせるが、やはり影は微動だにしない。

 ただ淡々と、美しい旋律を奏で続けている。

「...通じないか。」ザミエルが冷静に反応する。

「舞台そのものが敵、ということ……?」アラエルが眉を寄せる。

「名前がないと呼びづらいですねぇ。」

オスカーが肩を竦める。

「なら……呼ぼうじゃないか!」

アレクセイが両手を広げた。

「舞台に立つ“独奏者”。ただ一人で弾き続ける者……ソリストと。」


 誰も反対しなかった。

 顔も言葉もなく、ただ演奏だけを望む影。

 ――ソリスト。


 その名が、この廃劇場に沈んだ。


 避けやすい。攻撃しやすい。

 けれど、本体には一切届かない。


 前奏曲は、美しく、しかし空虚な前奏にすぎない。

 この先に続く“本当の演奏”を予感させるには十分だった。

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