開幕、学園祭!
朝の学園は、ふだんの厳格さを忘れたようにざわめいていた。
石畳の上に木材や布が積み上げられ、釘を打つ音、金槌の甲高い響き、誰かの笑い声や怒鳴り声が入り混じる。昨日まで修復の足場が立っていた中庭は、今や祭りの舞台に変わろうとしていた。
「おーい、そっち持ち上げろ! 落ちるぞ!」
「違う違う、柱はそっちじゃなくて!」
声が飛び交い、手際はお世辞にも良いとは言えない。それでも、誰もがどこか楽しそうに動いていた。
俺は、ヴァレリスと並んで広場を見渡していた。
ミラディアでの俺と彼女だけが知る記憶はまだ胸に重く沈んでいる。けれど、ここに広がる喧騒は、その重さを少し忘れさせてくれる。
「リオール!こっち手伝ってくれ!」
オーウェンが声を張った。肩に木枠を担いで汗を光らせている。
「お前、朝から全力すぎないか」
「祭りは準備から楽しまなきゃ損だろ!」
俺も駆け寄り、木枠を支える。ヴァレリスは金槌を握り、釘を打ち込んだ。かん、かん、と乾いた音が響き、屋台の骨組みが少しずつ形になっていく。
広場の端では、オスカーが炭火を起こしていた。
おや、リオール君とヴァレリス様じゃありませんか?」
オスカーは串に刺した肉を並べ、香ばしい煙を立ち上らせた。周りにいた生徒たちが鼻をひくつかせ、思わず列を作りそうになる。
ペイルは輪投げの景品を並べていた。木の人形、鈴、布袋に詰めた飴玉。小さな手が伸びれば目を輝かせるだろう。彼は無表情のまま、ひとつひとつの位置を微調整し、整列を確認してからようやく満足そうに頷いた。
舞台の上では、アレクセイが木槌で板を叩いていた。
「まだ響きが足りないですよ! もっと板を重ねてください! 観客は音から始まるのです!」
「また大げさな……」と誰かが呟く。
だが誰も止めようとしない。彼の声が空気を明るくしていた。
イゾルデは丸太を肩に担ぎ、堂々と歩いてくる。
「競技用はこれでいい?」
「でかすぎるな!?」
オーウェンが突っ込む。
「小さいと盛り上がらないでしょ!」
彼女は豪快に笑い、地面に丸太をどんと置いた。
ザミエルは射的の的を並べ、銃を調整していた。
「命中率は百にしたい」
「遊びなんだから手加減して!」周囲が慌てる。
「……考慮する」
オルテアは屋台の前で呼び込みの練習をしていた。
「オメェ等!安くてうまいぞォ!?」
「まだ何も売ってないだろ」
「練習ってのも大事だろォ?」
ヴァインは寝ているところをアラエルに起こされていた。
「違う、これは必要な過程で……」
「今にも寝そうな顔して~?」
笑いが起き、祭りの空気が学園全体を包み込む。
準備は思った以上に大仕事だった。
屋台の布を張るにも脚立が足りず、背の高いザミエルが無言で作業を代わる。ペイルは紐の結び方に妙にこだわり、オーウェンは結局ほどけて笑われる。
俺とヴァレリスは舞台の側面を仕上げていた。木材を押さえながら、彼女がぽつりと言った。
「……こういうの、悪くないわね」
「ん?」
「戦うばかりじゃなくて。皆で何かを作るのも、学園らしいっていうか」
彼女の横顔は真剣で、それでいて少し柔らかかった。
「ああ、そうだな」
その時、鐘の音が鳴り響いた。
学園長の声が広場に響く。
「皆さん! 復旧祭を始めるですよ!」 学園の広場に鐘が響き、復旧祭が正式に始まった。
屋台が一斉に幕を開け、人々の歓声が爆発する。炭火の煙、甘い匂い、油の弾ける音。昨日まで修復に追われていた空気は、嘘のように賑やかさへと塗り替えられていた。
俺とヴァレリスは人波の中を進んだ。
「すごい……こんなに集まるなんて」
彼女が驚き混じりに呟く。
確かに、町からも多くの人が来ている。子どもたちが走り回り、先生方も屋台を覗き込んでいた。
祭りのざわめきの中、アレクセイが舞台の中央に飛び乗った。両手を広げ、観客に向けて芝居がかった声を響かせる。
「お客様方! 本日の演目は――学園復旧の祝祭にございます! どうか最後まで、心ゆくまでお楽しみあれ!」
拍手と歓声が広がる。彼はそれだけで場を掌握していた。
オスカーが舞台袖から顔を出す。
「……相変わらず調子いいですねぇ。僕はせいぜい串焼きの見張りでもしておきますよ。」
そう言いながらも、ナイフを器用に回して子どもたちを沸かせていた。
その隣では、ペイルが小さく手を上げる。
「あの……的の数、これで足りますか? 多すぎても遊びづらいかなって……」
「十分だよ!」
とイゾルデが快活に答えた。
「むしろもっと増やした方が楽しそうじゃない!」
「はい...!」
ペイルは慌てて後ずさるが、楽しげな笑みも浮かんでいた。
ザミエルは射的のライフルを構え、真剣な表情で的を調整していた。
「……これでいい。命中率は百だ。」
「遊びだってば!」オーウェンが即座に突っ込みを入れる。
「……考慮する。」短い言葉に笑いが起きた。
広場の奥では、オルテアが大声を張り上げていた。
「オウオメェ等! こっちの屋台も見ていけェ! ウマくて安いぞォ!」
「オルテア……まだ準備中でしょ」
とヴァレリスが呆れる。
「いいんだよォ! 雰囲気が大事だろォ!」
ヴァインは相変わらずだるそうに椅子に腰掛け、鎖を弄んでいる。
「アラエル~……もう疲れたぁ。祭りって体力使うんだね。」
「まだ始まったばかりよ?」アラエルが笑いながら肩を叩く。
学園長が再び壇上に現れる。
「皆さん、今日という日を心に刻むですよ。破壊の後にも、必ず芽吹きは訪れるのです。アナタたちの笑顔こそ、学園の力ですよ。」
その声に、喧騒が一瞬だけ静まった。誰もがその言葉を胸に刻み、そして再び歓声が湧き起こる。
俺はヴァレリスと目を合わせる。
「……ほんとに、悪くないな。」
「ええ。こういう時間があるから、戦えるのかもしれないわね。」
炎のように赤い髪が揺れ、彼女の横顔が柔らかく見えた。俺も少しだけ、胸の重さを忘れられた気がした。