ぶつかる正義
「だったら……俺を斬れ!」
俺は吠えた。
背中にヴァレリスがいる。彼女を巻き込まないためにも、矛先は俺が引き受ける。
木刀を胸の高さにあげ、顎を引き、肩を前へ。
一歩、踏み込む。
同時に、カイルも――踏み込んだ。
刃と木刀がぶつかる。
腕がきしむ。
眼前で、光と炎が絡み合い、世界が白に染まる。
意識を保て。
足の裏の圧。腰の回転。肩の位置。肘の角度。手首の返し。
全部を意識しながら、意識の隙間に、カイルの瞳を収め続ける。
「うおおおおおッ!」
押す。
押す。
まだ押せる。
押し負けない。
押し勝つ。
木刀の芯が悲鳴を上げる。割れるなら割れろ。俺の腕が折れるなら折れろ。
それでも――前へ。
かすかな、しかし決定的な気配。
カイルの足の重心が、ほんのわずか後ろに寄った。
彼の体が、痛みを「扱った」。
痛みを無視するのではなく、痛みを演算に入れた動き。
それは強い。
だけど、その一拍の切り替えに、空白が生まれた。
俺は上体を沈め、木刀の角度を瞬時に変える。刃に沿って滑らせ、彼の手首を外へ押し流す。
同時に、右足で彼の土踏まずを踏み、左肩で胸を押す。
近い。
鼻先で息がぶつかった。
彼の目が近い。
濡れて、赤い筋が走って、まだ泣いている。
それでも、前へ来る。
「終わりだ」
俺は呟く。
そして、柄頭を彼の顎の下へ叩き上げた。
衝撃が手首を駆け上がり、肘、肩、背骨へ抜ける。
カイルの顎が跳ね、膝が落ちた。
それでも彼は刃を離さない。
倒れながらも、横薙ぎを打ってくる。
俺は飛び退いた。
刃が床を切り、火花ではなく光花が咲き、すぐ消える。
「カイル、もうやめて!」
ヴァレリスが泣きそうな声で叫ぶ。
いつも強い彼女の声が震えるのは、ほとんど見たことがない。
カイルは顔を上げる。
ふらつく視界の中でも、俺たちを見つけてしまう。
彼は、俺たちしか見ない。
「やめないよ。」
彼は言う。
「僕は、皆を守るんだ。」
ゆっくりと、立ち上がる。
背の光輪がまた広がる。
今度は静かに。
満開の向こう側――太陽が昇る前の、青白い光みたいに。
静けさが広間を満たす。
砂塵が、風もないのに漂い、光にさらされて消えていく。
音が遠い。心臓の鼓動だけが近い。
――やばい。
理屈じゃない。体が先に理解した。
ここで彼は、何かを越える。
神々しさが、祈りの対象だった輝きが、今、罰の光に変わる。
「リオール」
ヴァレリスが囁く。
「もう、加減はできない」
「分かってる。」
俺は木刀を上段へ上げる。
肩の痛みが鋭く、ひとつ呼吸を飲むたびに肋骨が軋む。
それでも、握りは緩めない。
木片が指に刺さり、血が滲み、柄が滑る。それを爪で止める。
ヴァレリスが横で炎をまとめる。炎は赤を超え、白に近い。金属を溶かす色。
髪が焦げても構わない、という潔さを纏っている。
「来い!」
カイルは歩く。
一歩ごとに、床の割れ目に光が落ち、石の内側から明るくなる。
直剣の刃は、もうとても「物質」には見えない。
凝縮された昼が、刃の形をして手に収まっている。
彼の掌の皮が裂け、血が蒸散して光に飲まれている。
痛みの信号は、たぶんもう届いていない。
届いたとしても、彼はそれを選択肢に入れない。
俺たち三人の間に、風がないのに波が起きる。
熱と光と怒りが空間を押し、壁が悲鳴を上げ、天井が落ちる。
崩落の音は遠い。
今は、彼の足音だけが、ひどく近い。
最初の一撃は、縦。
頭上から真っ直ぐ。
それでいて、落ちてくるのは光の斧だ。
俺は上段から斜めに受け、肩で圧を殺し、腰で流す。
次は横。
水平。
俺は膝を折り、髪の先が焼けるのを感じながら、刃を潜る。
次は突き。
真っ直ぐ胸骨へ。
俺は柄で払う。
その払った勢いを借りて、木刀を回し、逆袈裟に斬り上げる。
刃は木だ。切れない。
だが、骨に響く痛みは作れる。
肩に、肘に、手首に。
人にしか分からない「痛い」を、叩き込む。
「が、ッ――」
カイルの喉から、初めて明確な悲鳴が漏れた。
それでも、斬る。
止まらない。
止め方を、彼は知らない。
止め方を、二人は教えなかったのか。
それとも、教えられても、今の彼には届かないのか。
――どちらにせよ、今この場では、俺が止めるしかない。
「ヴァレリス、今!」
炎が花開く。
広間全体が白になった。
俺は目を閉じない。
瞼の裏で世界が赤い。
その赤の中で、カイルの影だけが黒い。
黒い影の胸の少し上――そこに、炎が突き刺さった。
空気が弾け、音が遅れる。
遅れた音が腹を叩き、膝が笑った。
だが、立つ。
カイルがよろめく。
吐いた息が、白い光になって口から溢れる。
胸の布が裂け、皮膚がひび割れて、そこから光が漏れている。
心臓の鼓動が光の脈動に同期している。
危険だ。
生き物として、危険だ。
このまま続けさせれば、彼は壊れる。
「カイル!」
俺は叫ぶ。
「やめろ! もうやめろ! これは守るための剣じゃない!」
「守るためだ!」
即答。
迷いがない。
自分の言葉に自分で火を足していく声。
燃料が尽きることを、彼は知らない。
尽きたときに、何が残るかも、知らない。




