『覚醒』
直剣と光剣が交差し、二重の斬撃。
俺は前へ出た。避けたら、背でヴァレリスが焼かれる。なら、受けて押し返すしかない。
「うおおおおッ!」
喉の奥で声が暴れ、肺が焼ける。木刀に両手を重ね、肘を畳み、刃の軌道をわずかでも外へずらす。
光と炎の圧が頬を叩き、視界の縁が白く泡立った。瞬間、靴底が石粉を滑る。踏み込みなおし、踵で床を噛む。
肘の角度を変え、反発で刃を押し上げる。火花の代わりに、光の花弁が散った。肌を刺すほどの乾いた熱。木刀の表皮がぱきぱきと剥げ、芯の黒が露出する。
「――ッ、リオール!」
ヴァレリスが俺の肩越しに炎を走らせた。白熱した線は刃の合わせ目を滑り、圧を微かに削ぐ。そこに、俺は全身を弦のように張り詰め、押し返す。のしかかる二重の斬撃は、巨岩みたいに重かった。だが、あと半歩だけ耐えれば――
「退けえええええッ!」
暴風が爆ぜ、圧が弾けた。押し込んでいた腕が逆方向に跳ね、壁に脊椎を打ちつける。肺から空気が抜け、耳が一瞬聴こえなくなった。砂の味。鉄の味。世界の輪郭が遠のく。
だが、その遠さの中で、ただ一つだけが異様に近い。カイルの瞳だ。
濡れて、震えて、怒りと悲しみで曇り切った瞳。そこには勝利の光も、昂揚も、覚醒の自覚もない。あるのはただひとつ――奪われた日常を取り返そうとする切実さだけ。
「返してくれ……」
彼は呟く。声は掠れて、血の味が混ざっているのに、気づいていない。
「ヴィクターと……フィオナを……」
直剣が消えた。かわりに、彼の直剣が長く、重くなる。
光が刃の中に沈み、濃度が上がる。
無茶苦茶な圧縮。柄から手首、肘、肩へと、皮膚の下を光が這い、ひび割れのような線を描く。
そこから火の粉が漏れ、すぐに消える。肉体が容器として限界を訴えているのに、彼は知らない。怒りの前では、痛みは雑音なのか。
「カイル!」
ヴァレリスが一歩踏み出す。炎剣を逆手にし、下から煽る構え。
「違う。私たちは――」
「違わない!」
カイルは首を振る。涙が一粒、光の糸を引いて宙に溶けた。
「僕は見たんだ。床に倒れてるのが誰かを。二人とも……暖かかった。優しかった。僕に剣を教えてくれた。居場所をくれた! それを……!」
言葉が剣になる。
直剣が閃き、床が割れる。横薙ぎの線が低く走り、広間の中心にあった円柱の土台を、紙みたいに切り裂いた。
天井が低く唸り、粉塵が舞い落ちる。光輪がその粉塵を照らし、昼間みたいに明るいのに、眩しさは寒い。背骨に氷と火を同時に押し当てられているみたいな、矛盾した悪寒が皮膚の下を這い回る。
「っ……まだ動けるわね」
ヴァレリスが短く笑う。息は荒いのに、目は冷静だ。
「リオール。あなたが前で受けて。私が援護するわ。」
頷く。
木刀を握り直す。掌が裂け、血が木に吸われた。痛みが集中を連れてくる。
「来い、カイル!」
わざと挑発するように、胸を見せる。カイルは迷いなく踏み込む。
彼の踏み込みはいつも正しい。最短の角度で、最短の距離で、殺到する。
その「正しさ」は師に叩き込まれたものだ。彼が言った「ヴィクター」と「フィオナ」の手。二人の影が、彼の斬撃の端々に残っている。
――だからこそ、胸が痛む。
直剣が斜めに滑り込む。肩から腰へ割る線。
俺は刀身の外側に木刀の脊を当て、刃筋をずらす。
肩越しに熱い風。髪が焼け、焦げた匂いが鼻に刺さる。軌道が床へ逃れ、石板が割れる。
その刹那、ヴァレリスの炎が背中側から差し込んだ。閃光のような細い一撃。
筋肉の間を通る鍼みたいに、精密で冷酷な火。カイルの背の光輪が痙攣した。輪郭が波打ち、溢れた光が花粉のように空気を満たす。喉が焼け、咳が出る。
「う、ぐ……!」
カイルの口から低い唸りが漏れる。だが、足は止まらない。逆に一歩、さらに深く踏み込む。
直剣の切っ先が俺の肋骨を狙う。
かすめる。熱が肉に刺さる。肌が裂けた。
痛い。だが浅い。浅くした。肋骨の上で、刃を滑らせた。
逆に俺は柄頭をねじ込み、彼の手首を叩く。ぐにゃりと関節が揺れ、刃の向きがわずかに揺れる。
その揺れに、ヴァレリスの刃が重なった。二重の圧が生まれ、カイルの剣をわずかに押し返す。
「はああああッ!」
ヴァレリスが吠える。炎の尾が彼女の背で翻り、髪の先端が燃えて白い灰になって散った。
彼女はそのことに目もくれない。
火の筋が幾重にも走り、カイルの周囲に網をつくる。咄嗟に俺は木刀でその隙間を打ち、線と線の結節を叩き割った。
結び目が爆ぜ、網が一瞬ゆるむ。
そこへ、彼女は正面から刃を差し入れる。
――決まった。
そう思った瞬間、光輪がぎゅっと縮んだ。
花が夕方に閉じるみたいに。
そして、はじけた。




