決着、そして...
黒棘の檻はなお広間を覆い、石床を突き破っては耳を裂く音を響かせ続けていた。
空気は重く淀み、呼吸すらままならない。
俺とヴァレリスは背を合わせ、互いの荒い息を感じながら立ち尽くしていた。
「……まだやれるな。」
「当然でしょ!」
棘が迫るたび、俺は木刀を振り抜き、弾き飛ばす。
その隙を逃さず、ヴァレリスが炎剣を薙ぐ。
炎と木刀の動きが噛み合った瞬間だけ、黒薔薇の結界は揺らぎ、わずかな光が差し込む。
「はあッ!」
木刀がフィオナの鞭剣を弾き飛ばす。
彼女の冷たい視線が、初めて一瞬だけ揺らいだ。
「……っ!」
その隙を見逃さず、ヴァレリスの炎が轟音を立てて走り、アイビーの鎖刃を焼き切った。
「ぐっ……!」
フィオナが呻き声を漏らす。
普段なら決して崩れない冷徹な表情が、炎の熱に歪んだ。
俺は踏み込み、木刀を振り下ろした。
「これで……!」
衝撃が広間を揺らし、フィオナの身体が床に叩きつけられる。
「……忠義……最後まで……ヴィクター様に……」
その声はかすれ、やがて炎と煙に掻き消された。
冷たい石床に、彼女の体は静かに沈んでいった。
「フィオナ!」
ヴィクターの声が広間を震わせた。
初めて、その微笑が崩れた。瞳には怒りが燃え上がり、口元が歪む。
「小さき者たちが……私の夢を阻むか!」
ツヴァイハンダーを振り上げると、黒薔薇の棘が嵐のように荒れ狂った。
壁を裂き、天井を砕き、世界そのものが黒茨に飲まれていくかのようだった。
「リオール!」
「分かってる!」
俺は木刀で棘の奔流を叩き落とす。
骨を軋ませるほどの衝撃。腕に痺れが走り、視界が揺れる。
だが、ヴァレリスの炎がその隙をなぞり、黒茨を焼き払った。
「はああッ!」
二人の動きが一つに重なり、結界の一部が崩れる。
「まだだッ!」
俺は咆哮し、一歩を踏み込んだ。
ヴィクターの大剣と俺の木刀がぶつかり合う。
火花が散り、轟音が広間を揺らした。
「貴様ごときが……!」
「無力でも、抗う!」
痺れる腕を押さえ込み、歯を食いしばる。
次の瞬間、ヴァレリスの炎剣が横合いから走った。
灼熱の光がヴィクターを包み込み、白髪を焼き、外套を焦がす。
「ぐあああああッ!」
怒号と共に黒薔薇が暴れ狂う。
だが俺は怯まず、木刀を振り抜いた。
「これで……終わりだッ!」
炎と共に放った一撃が、老紳士の胸を打ち抜いた。
黒棘が枯れ落ち、結界が音を立てて崩壊していく。
大剣を取り落としたヴィクターは、膝を折り、それでもなお上品な声音を残した。
「……犠牲……なくして……進化は……」
その瞳が閉じられ、広間に静寂が訪れた。
血と焦げの臭気が満ちる中、俺とヴァレリスの荒い息だけが響いていた。
そのとき――
「リオール! ヴァレリス!」
通路から声が響いた。
広間に駆け込んできたのは、カイルだった。
汗に濡れた額、荒い息。必死に走ってきたその姿が、俺たちを見た瞬間に凍りついた。
「……これは……」
視線が床に倒れたヴィクターとフィオナの亡骸を映し、次に俺とヴァレリスの武器へと移る。
血に濡れた木刀と炎剣。
「嘘だろ……そんなはずない……!」
カイルの声は震え、目が揺らいでいた。
「ヴィクターさんとフィオナさんは……僕を支えてくれた人たちなんだ! 僕に剣を教えてくれて、居場所を与えてくれた……その人たちを……どうして……!」
「違う、カイル!」
ヴァレリスが声を上げる。
「彼らは孤児を犠牲にしていた。放っておけば、もっと多くの命が――」
「黙れ!!」
カイルの叫びが広間を震わせた。
その瞳は怒りと悲しみで濡れ、真っ直ぐに俺を射抜く。
「リオール……お前が……お前たちが……!」
声は震えながらも、刃より鋭かった。
「僕は……許さない!!」
剣を抜き放ち、血走った目で一歩踏み込む。
まるで迷いをすべて切り捨てたかのような動きだった。
「カイル……!」
俺が名を呼ぶより早く、彼は剣を振りかぶり、一直線に俺へと切りかかってきた。