黒棘と茨
黒棘の檻が広間を覆い尽くし、まるで外界を断ち切るかのように閉じ込めていた。
視界の端で炎が弾け、すぐさま黒い茨に絡め取られる。
「炎が……絡め取られる……っ!」
ヴァレリスが苛立ちを隠さず叫ぶ。
鞭剣の刃が炎の軌跡を縛り、無理やりねじ伏せていく。
俺は木刀で迫る棘を弾き、呼吸を整えた。
「拘束と鈍化……完全に連携してやがる!」
一度、攻撃の流れを奪われれば、その隙に棘が再生し、逃げ場を潰してくる。
「勝敗は決した。」
フィオナの声は冷たい。刃がしなり、ヴァレリスの炎剣に再び絡みついた。
「くっ……!」ヴァレリスが押し戻される。
ヴィクターは一歩も動かない。ただ大剣を突き立てたまま、穏やかに見守っていた。
「力なき者の足掻き……それがどこまで届くか、見せてもらおう。」
――だが、俺たちも黙って押され続けるつもりはなかった。
「ヴァレリス!」
「分かってる!」
俺は木刀で迫る棘を叩き払った。その瞬間、彼女の炎剣が勢いよく薙ぎ払う。
黒薔薇の茨が一瞬だけ焼き切られ、結界が薄れた。
その隙に俺たちは踏み込む。
「はあッ!」
木刀が棘を弾き飛ばし、炎が蔦を焼き裂く。
ただの一歩。それでも、確かに前進した。
「……ほう。」
ヴィクターの目が細まり、声にわずかな熱が帯びた。
「想像以上だ。無力に見えたものが、ここまで抗うか。」
ヴァレリスは汗に濡れた額を振り払い、鋭く睨み返す。
「犠牲を正義にすり替えるアンタなんかに、私たちは負けない!」
「言葉は不要だ。力で証明してみせろ。」
ヴィクターが大剣をわずかに持ち上げた。
次の瞬間、床を割るように棘が奔流となって押し寄せてきた。
「っ!」
俺は木刀を逆手に構え、棘の波を受け止めた。
衝撃で腕が痺れる。それでも踏みとどまる。
「まだ……!」
ヴァレリスの炎剣が背後から燃え盛り、俺の周囲を包んでいた棘を一気に焼き払う。
「ありがとう!」
「礼は後よ!」
互いの動きを補い合いながら、じわりじわりと押し返す。
だがその背後では、フィオナが既に鞭剣を振り上げていた。
「捕らえる。」
しなやかな刃が再び襲い掛かる。
「――っ!」
木刀で弾いたが、今度は腕ごと壁に叩きつけられる。
肺から息が漏れ、体勢が崩れる。
「リオール!」
ヴァレリスが駆け寄り、炎の壁を張って俺を守った。
しかし、その炎すらアイビーの刃が絡め取ろうとする。
「くそっ……!」
状況は依然として不利だった。
それでも、俺たちは互いの背を預け、息を合わせて立ち上がる。
「まだ……終わらせない!」
俺とヴァレリスは同時に声を上げた。
暗い通路に、祭の喧騒は届かない。
響くのは己の荒い息と、遠くから震えるように伝わる戦闘音。
炎が爆ぜる轟き、金属がぶつかり合う鋭音。
「リオール……ヴァレリス……!」
カイルは胸の奥に不安を抱えながらも、ただ走り続けた。
狭い石壁の道を抜け、曲がり角をいくつも駆け抜ける。
足音が反響し、自分の鼓動が倍に聞こえる。
途中、小さな物音に気づき立ち止まる。
石床には、細かく砕けた黒い破片が散っていた。
「……これは……?」
拾い上げる暇もなく、轟音がさらに強まった。
「考えている時間はない……!」
拳を握り、再び駆け出す。
脳裏に浮かぶのは、笑顔のリオールと、強気なヴァレリスの姿。
「二人とも……無事でいてくれ!」
通路の奥、戦闘音はますます鮮明になる。
壁が揺れ、熱風がかすかに流れてきた。
「間に合え……!」
カイルは歯を食いしばり、石床を蹴った。
「……来るぞ!」
俺は叫び、木刀を振り抜いた。
棘の奔流が裂け、その隙を突いてヴァレリスが炎を解き放つ。
一瞬、黒薔薇の檻が揺らぐ。
「まだ希望はある……!」
俺たちは背を合わせ、互いの呼吸を合わせ直した。
だがヴィクターとフィオナの眼差しには、まだ余裕があった。
「美しい。抗う姿こそ人の証明……だが、抗いは必ず折れる。」
「……決して抜けられない。」フィオナが低く告げ、再び鞭剣を振りかざす。
黒薔薇とアイビーの檻が迫る。
それでも俺たちは武器を握り締め、ただ前を睨み返した。




