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調査-重大資料-

アジトの奥へと進むにつれ、空気はますます重苦しくなっていった。

石壁は湿り、足を進めるたびに冷気が肌を刺す。祭の太鼓や人々の歓声は遠い夢のようにかすかに響くだけで、この場にあるのは薬と血の臭気、そして沈黙だった。


「……ここだな。」

低く呟き、扉を押し開ける。


そこは他の部屋とは明らかに異質だった。

棚に整然と並ぶ瓶や管。液体を通すための装置らしきものが所狭しと置かれている。どれも赤黒く染まっていて、濁った光を宿しているように見えた。

机には書類の束。羊皮紙のような厚紙に、図解と文字がびっしりと並んでいた。


「研究所……?」

ヴァレリスが呟き、眉を寄せる。


俺は机に近づき、書類の一枚を手に取った。文字は専門的で読み取りづらいが、何度も繰り返されている単語がある。


「“蕾核”……。」


目を凝らすと、人体の図解が添えられていた。胸部や頭部に光の塊のようなものが描かれ、それを管で吸い上げる図。さらに別のページには、その光を瓶に閉じ込めている絵。


「これは……人から何かを抜き取っている……?」

声に出した瞬間、喉が詰まった。


ヴァレリスも書類を覗き込み、険しい表情を浮かべた。

「“蕾核”。……どうやら人の力の源らしいわね。けれど、私たちが知っている知識にはなかったはず。」


「……孤児たちが衰弱していた理由、これか。」

目の前の図解と、行方不明の子供たちの姿が重なる。背筋を冷たいものが走った。


さらに部屋を見渡せば、証拠は他にもあった。

隅に並ぶ粗末な寝台には、縄で縛られた痕が残っている。床には小さな靴や衣服が落ちていた。壁際には淡く光る残滓がこびりつき、花が摘まれた後のような空洞を思わせる輝きを放っていた。


「ここで……子供たちが……。」

ヴァレリスの声が震えた。


俺は木刀を握り締め、呼吸を整えた。怒りと嫌悪が胸の奥を焼く。だが、目を逸らすわけにはいかない。


「……蕾核。これが何なのか、はっきりとは分からない。だが、奪われた子供たちにとって致命的なものだ。」

「ええ。放ってはおけない。」


二人の視線は自然と奥の扉へと向かう。そこから、かすかな足音が近づいてくるのが聞こえた。


「誰かが来るわ。」

ヴァレリスが剣を抜き放つ。

俺も木刀を構え直した。


やがて扉が開き、二つの影が姿を現す。

ひとりは鎖鎌を手に、もうひとりは鉤爪を嵌めた男。どちらも目に狂気の光を宿している。


「資料を見られたか……」

「なら、生かして帰すわけにはいかん。」


俺とヴァレリスは無言で構え、次の戦いに備えた。


鎖の音が、冷たい石室に不吉に響いた。

長鎖の先に小型の鎌を吊るした男が、じりじりと距離を詰めてくる。もう一人の鉤爪の男は壁際を素早く走り、爪で石を引き裂きながらこちらを睨んでいた。


「侵入者を殺せ。資料を奪われるな!」

「蕾核は……“先生”のものだ……!」


二人の声が重なる。


「来るわ!」

ヴァレリスの炎剣が閃き、部屋に赤光が走った。


最初に仕掛けてきたのは鎖鎌の男だった。

鎖を振り回し、空気を切り裂く音が耳を打つ。小鎌が唸りをあげて迫り、俺の腕を絡め取ろうと伸びてきた。


「させるか!」

俺は木刀で鎖を叩き払い、火花を散らせる。鉄と木の衝突音が響き、鎖は大きく弾かれて壁に当たった。


その隙を狙って鉤爪の男が跳びかかる。壁を蹴って空中から襲いかかり、鋭い爪が俺の頭上を狙う。


「リオール!」

ヴァレリスが割り込み、炎剣を振るった。火花と共に鉤爪とぶつかり合い、赤い火線が宙を走る。

「チィッ……!」男が後退し、床を引き裂きながら距離を取った。


「こっちは任せろ!」

俺は木刀を振り上げ、鎖鎌の男へ踏み込む。鎖が再び唸りをあげるが、動きはもう読めていた。

足を半歩踏み込み、木刀で鎖を叩き落とす。手元まで衝撃が伝わり、男が呻いて体勢を崩した。


「これで――終わりだ!」

木刀を胴に叩き込む。鈍い衝撃音。男は呻き声と共に吐血し、床に崩れ落ちた。


一方、ヴァレリスと鉤爪の男の戦いは熾烈だった。

鉤爪は炎を嫌い、素早く床を走りながら隙を狙う。壁に爪を突き立て、火花を散らしながら飛びかかる。


「はぁっ!」

ヴァレリスが踏み込み、炎剣を横薙ぎに振る。火柱が空気を裂き、鉤爪の男の突進を弾いた。

「ぐっ……!」肩口が焼かれ、焦げた臭いが立ち込める。


「まだ……まだだ!」男が絶叫し、最後の力で飛びかかる。

だがその瞬間、俺が背後から踏み込んでいた。

「隙だらけだ!」

木刀が背中を叩きつけ、衝撃が骨を砕いた。


「がっ……」

男は呻き、ヴァレリスの炎剣に貫かれて崩れ落ちた。



石室に静寂が戻る。

焦げた匂い、鉄と血の臭いが入り混じる。外の祭の音はますます遠く感じられた。


床に倒れた男のひとりが、血を吐きながらかすかに呟く。

「……蕾核を……先生に……渡さねば……。」

声はそこで途切れ、完全に動かなくなった。


残された資料の束には、なお「蕾核」という文字がいくつも刻まれている。

それが何なのか、全てを理解するには程遠い。だが、孤児たちの衰弱と失踪は確かにここで行われた「抽出」と繋がっている。


「奥へ行こう。」

「……真実を確かめるために。」


俺たちは再び武器を構え、暗い通路の奥へと歩を進めた。

祭の太鼓は、まだかすかに遠くで鳴り続けていた。


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