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遭遇-戦闘

石壁に手を触れると、ひやりとした水気が指先を湿らせた。

外の広場ではまだ太鼓が鳴り、歓声が響いているはずだ。それなのに、この通路はまるで別世界のように静まり返っていた。


「……祭の音が遠のいていく。」

俺は低く呟いた。

「代わりに、不愉快な匂いが強くなってきたわね。」

ヴァレリスの炎剣が、ほの暗い廊下に赤光を投げかける。薬草と鉄、そして焦げたような臭い。日常の匂いではない。


俺は木刀を握り直し、呼吸を整えた。これまでは異象や魔物との戦いばかりだった。だが、これから対峙するのは生身の人間。しかも、孤児を消してきた黒幕の手先。

「……迷うな。」

自分に言い聞かせる。やむを得なければ、斬るしかない。



曲がり角の先から声が漏れてきた。二人分。

「抽出は済んだ。これで“先生”に顔向けできる。」

「急げ。子どもはまだ残っている。次は確実に……。」


――抽出。

耳慣れない言葉。だがそれが何かを奪う行為であることは、直感が告げていた。孤児たちの失踪と結びついた瞬間、背筋に冷たいものが走る。


「抽出……。どういう意味だと思う?」

ヴァレリスが囁く。

「分からない。だが、放ってはおけない。」

俺は頷き、気配を殺して広間へ踏み込んだ。



そこには二人の男がいた。

ひとりは長い杖を手にしている。黒塗りの木軸に鈍く光る金具が嵌められ、儀式の道具のような装飾が施されていた。

もうひとりは、異様に湾曲した刃を持つナイフを逆手に握り、刃先を舌でなぞるようにして笑っていた。その刃は油を吸い込んだかのように黒く光り、闇を呑み込んでいるように見える。


「……やはり来たか。」

杖の男が冷ややかに呟く。

「侵入者は処理するだけだ。」ナイフの男が笑った。


「孤児たちをどこへやった?」

ヴァレリスが剣を構え、低い声で問う。

「知る必要はない。お前たちはここで死ぬ。」杖の男が吐き捨てる。

「死体なら材料にできるかもしれんな……」ナイフの男が不気味に嗤った。


俺とヴァレリスは視線を交わした。

「……行くぞ。」

「ええ。」



先に踏み込んだのは俺たちだ。

杖の男が床を叩き、黒煙を広げる。薬草の刺激臭が鼻を突く。

「無駄よ!」

ヴァレリスが炎剣を振るい、炎が煙を焼き尽くす。視界が一瞬で晴れ渡った。


俺は即座に踏み込む。

「はあッ!」

木刀が杖を弾き飛ばす。鈍い衝撃音が響き、男は驚愕の表情で後退した。


「ちっ……!」


その隙を突き、ナイフの男が影のように背後から迫る。湾曲した刃が背中を狙う。

「リオール!」

ヴァレリスの炎が弧を描き、刃を弾いた。火花が散り、黒刃が壁に突き刺さる。


「ぐっ……!」男が呻く。

俺はそのまま体を捻り、鳩尾へ木刀を突き込んだ。

「ぐあっ!」

鈍い衝撃。男の口から血が噴き、床に崩れ落ちる。




残った杖の男が必死に抵抗する。杖を振り上げ、床に淡い光の紋を描いた。

「消えろぉっ!」

衝撃波が広がり、石壁を揺らす。


「甘い!」

ヴァレリスが踏み込み、炎剣を振り下ろした。赤い光が波を裂き、紋を焼き尽くす。逆流する熱風が杖の男を吹き飛ばした。

「ぎゃああっ!」


杖は床に転がり、手元から離れる。ヴァレリスは一歩も引かずに剣を振り上げる。

「終わりよ!」

炎の軌跡が走り、男の胸を貫いた。焼け焦げた匂いが広間に広がり、悲鳴が途切れた。


静寂が落ちた。

血と薬と焦げの匂いが広間を満たす。外の祭の太鼓は遠い幻のようだ。


俺は木刀を下ろし、荒い息を吐いた。

「……やむを得なかった。」

「ええ。」ヴァレリスは剣を収めた。その声に迷いはなかったが、瞳の奥には怒りが揺らいでいた。


倒れた男のピンを拾い上げる。根元の金具に、小さな紋章が刻まれている。

「……これは……。」

それは見覚えのある意匠だった。祭で孤児院を支援していた紳士――ヴィクターが胸飾りにつけていた紋章と同じ。


「偶然とは思えないわね。」ヴァレリスが低く呟く。

「だが、まだ断定はできない。」俺は木刀を握り直した。


沈黙が広間を包む。紋章だけが光を反射し、存在を主張していた。


「奥に行けば、答えがあるはずよ。」

ヴァレリスの声が冷たい通路に響いた。

俺は頷き、倒れた組織員たちに一瞥を送り、背を向ける。


――あの穏やかな笑みが脳裏に浮かぶ。慈善家として讃えられた老紳士。

だが、仮面の裏に潜む影を疑わずにはいられない。


俺は木刀を強く握り、闇の奥へ歩みを進めた。

祭の太鼓は、まだ遠くで鳴り続けていた。

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