不穏な気配
夜空は群青に沈み、四年ぶりの夜がミラディアを包でいた。灯籠の光が通りを飾り、まるで空から星が降りてきたかのようだ。太鼓と笛の音が鳴り渡り、人々の熱気が渦を巻いている。
「次の演目は――剣舞!」
広場の中央に告げる声が響くと、観客たちがざわめき、拍手が起きた。
俺とカイルは木刀を携え、舞台の中心に立つ。ヴァレリスも腰に剣を下げて並んでいた。
「緊張する?」
「いや。
「……楽しんできなさいよ。」
太鼓の合図。
踏み込み、木刀が交わる。乾いた音が闇を裂き、観客から歓声が上がった。俺が流し、カイルが踏み込み、ヴァレリスが舞うように回り込む。動きは剣戟であり、同時に舞踏だった。
太鼓と笛の調べに合わせて木刀が閃き、三人の所作が一つの型を形作る。観客の息が揃って呑み込まれるのを感じた。
最後に三人が剣を掲げて静止すると、広場は一瞬静まり返り――次の瞬間、拍手と喝采に包まれた。
「すごかった!」
「本物の剣士みたいだ!」
「やったね!」カイルが息を切らしながら笑う。
「悪くなかったわ。」ヴァレリスも頬を緩めた。
俺は木刀を下ろし、深く息を吐いた。人々の視線を正面から受けるのは、不思議な高揚感を伴っていた。
演目を終えると、広場の空気はさらに華やかさを増していた。屋台の通りは人で溢れ、灯籠の炎が夜の祭を照らしている。
「次はどこに行く?」カイルが楽しそうに訊ねる。
「アンタ、もう食べる屋台は十分でしょ。」ヴァレリスが呆れ顔をする。
「じゃあ、遊び屋台にしよう!」
彼が指差したのは水桶の屋台だった。夜灯りに照らされた水面が揺れ、紙でできた網を使って小さな光玉をすくい上げる遊びだ。中には水に浮かぶ小さな灯がいくつも漂っている。
「面白そうね……!」ヴァレリスが思わず足を止めた。
最初に挑戦したのはカイルだ。網を構え、ひょいひょいと光玉をすくい上げる。
「見て! 三つも取れた!」
子どもたちが歓声を上げ、カイルは笑って一つを子どもに手渡した。
「ありがとう!」
「次は私よ。」ヴァレリスが挑戦する。だが勢いが強すぎて、紙の網はすぐに破けてしまった。
「ちょっと……!」
「力を抜け。」
俺が呟くと、彼女はむっとしてもう一度挑戦した。今度は慎重に動かし、ようやく一つをすくい上げた。
「ほら、できたでしょ!」
「はいはい。」俺は笑った。
最後に俺も挑戦する。慎重に動かし、二つをすくい上げた。子どもたちが「すごい!」と声を上げる。
「……やるじゃない。」ヴァレリスが不満げに言う。
三人で光玉を交換し合いながら歩き出すと、屋台の奥から香ばしい匂いが漂ってきた。ではなく、今回は――占いの屋台だった。
紫の布で囲われた小さな小屋。水晶のような器具が置かれ、老婆が静かに座っていた。
「占いはいかがです?」
カイルが真っ先に身を乗り出した。
「お願いします!」
「アンタ……気楽ね。」
ヴァレリスが呆れるが、結局腰を下ろす。俺も隣に座った。
老婆は水晶に手をかざし、ゆっくりと口を開いた。
「光……炎……影。」
「え?」カイルが目を丸くする。
「光は周囲を照らすが、強すぎれば影を生む。炎は道を切り拓くが、時に自らをも焼く。影は闇に溶け、真実を見極める……。」
言葉は曖昧で、意味は掴みにくい。だが妙に胸に残った。
「……ありがと。」俺が小さく礼を言うと、老婆は微笑んだ。
外に出ると、ヴァレリスが腕を組んで呟いた。
「まぁ、祭の余興にしては悪くないわね。」
「僕はなんだか元気が出たよ!」カイルは笑っていた。
再び人混みを歩く。通りは音楽と踊りであふれ、笑い声が絶えない。その最中――耳にひそやかな声が届いた。
「孤児院の子が……戻ってないらしい。」
「本当か?」
「祭の準備に出てたのに、行方がわからないって……。」
俺は足を止めた。ヴァレリスも表情を曇らせる。
「攫われたんじゃ……」
「馬鹿言うな。ただの迷子だ。」
「でもあの孤児院は、ヴィクター様が支援してるだろ。あの方なら、必ず何とかしてくださるさ。」
その名を聞いた瞬間、人混みの向こうに見慣れた姿があった。
老紳士ヴィクター。従者を連れ、人々に声をかけていた。
「皆さん、ご安心を。あの子は必ず見つかります。私もよく知る子なのです。どうか落ち着いてください。」
彼の落ち着いた声に、人々の不安はすっと和らいでいく。周囲には「さすがだ」「聖人だ」という声が溢れていた。
「……本当に信頼されてるのね。」ヴァレリスが小声で言う。
「ああ。」俺は短く頷いた。
カイルは迷いなく言った。
「大丈夫だよ。ヴィクターがいるんだ。きっとすぐに見つかる!」