常昼の街に降る夜
「そこのお兄さんたち!」
広場の端から声が飛んだ。振り向けば、腕の太い職人風の男がこちらを手招きしている。後ろには剣を模した木道具が並び、若者たちが何やら稽古をしていた。
「悪いが手を貸してくれないか? 祭の演目で剣舞をやるんだが、人が足りなくてな。若い力を借りたいんだ。」
「剣舞?」俺が首を傾げる。
「面白そうじゃないか!」カイルが即座に反応した。
「即答するわね……」ヴァレリスがため息をつく。
「でも、まぁ、アンタには合ってるかも。」
気づけば俺も木刀を受け取っていた。こういう縁も悪くはない。
広場の中央に立ち、カイルと向かい合う。子どもたちが何人も集まり、期待に満ちた目でこちらを見ていた。
「軽く打ち合ってみてくれ。呼吸を合わせるんだ。」職人の号令。
俺は木刀を構え、カイルも元気よく相槌を打つ。
「よろしく!」
「……ああ。」
木刀が打ち合う。乾いた音が響き、観客の子どもたちが「おぉ!」と声を上げた。
カイルの踏み込みは直線的で力強い。だが読みやすい。俺は木刀の腹で受け流し、体勢を崩させる。
「うわっ!」
「もっと肩の力を抜け。流れに身を任せろ。」
「なるほど!」
素直な反応だ。すぐに吸収し、次の一撃はさっきよりも滑らかだった。
「はぁっ!」
「よし、その調子だ。」
何度か打ち合ううちに、息は次第に合っていった。周囲から歓声が湧き、子どもたちが夢中で見入っている。
最後に俺が軽く肩口を制すると、カイルは笑って木刀を下げた。
「参った!」
「いい連携だったぞ!」
職人が満足げに頷く。
「本番も頼むぞ!」
「はい!」
カイルは声を張る。俺も軽く会釈した。
練習を終えると、子どもたちが駆け寄ってきた。
「すごかった!」
「本物の剣士みたい!」
「お兄ちゃん、剣の構え教えて!」
「え、僕?」
カイルは目を丸くしつつも笑顔を浮かべる。
「じゃあ、真似してみて!」
彼は木刀を子どもたちの前で軽く構え、足の位置を見せる。子どもたちは一斉に真似をし、ぎこちないながらも楽しそうに剣を振った。
「ちょっと腕が固いな。こう、もっと柔らかく!」
「こう?」
「そうそう!」
俺も横から一人の子の姿勢を直してやると、ヴァレリスが腕を組んでこちらを眺めていた。
「アンタたち、すっかり先生ね。」
「悪くないだろ。」
「……まぁ、見ていて退屈じゃなかったわ。」
子どもたちの笑顔に囲まれ、時間はあっという間に過ぎていった。
「さて、そろそろ腹も減ったな。」俺が言うと、カイルが目を輝かせた。
「じゃあ屋台を回ろう! 僕が案内する!」
通りはすでに賑わいで満ちていた。焼き肉の香ばしい匂い、香辛料の刺激的な香り、果物を潰した甘い匂い。昼光の下でも提灯が吊られ、祭りの気配を強めている。
「ほら、これは揚げ菓子! 熱いうちに食べて!」
カイルが三つ買ってきて差し出す。
「……甘いけど悪くないわね。」ヴァレリスが口に運ぶ。
「確かに。力が戻るな。」俺も頷く。
「だろ!」カイルは笑顔で拳を突き出す。
次は射的屋台。木の銃を構え、的を狙う。
「僕、こういうの得意なんだ!」
カイルが放った弾は、見事に一番大きな的を撃ち抜いた。子どもたちが歓声を上げる。
「すごーい!」
「さすがだな。」
俺も素直に認めた。
ヴァレリスも挑戦するが、狙った的からは少し外れた。
「……今のは風が悪かったのよ。」
「いや、風は吹いてなかったが。」
「うるさいわね!」
そんな他愛もないやり取りに、自然と笑い声がこぼれる。
通りを歩けば楽器の音が聞こえる。太鼓や笛が奏でられ、若者たちが舞を練習していた。布を翻し、軽やかに跳ねる動き。昼光を浴びて煌めき、周囲の人々が拍手を送っていた。
「夜が来たら、これに灯りが加わるんだよ!」
カイルが言う。
「夜か……」
俺は空を仰ぐ。そこには相変わらず青白い昼光が広がっていた。
四年に一度だけ訪れる夜。その一瞬を祝うため、人々はこれほどまでに準備を重ねてきたのだ。
やがて広場に戻ると、紙灯籠が並べられていた。火を入れられてはいないが、昼光を透かして鮮やかに輝く。子どもたちが
「夜になったら、きっと星みたいに光るんだ」
と笑い合っている。
「四年ぶりの夜か。」
俺は小さく呟いた。
「どんな景色なんだろうね。」
カイルが隣で同じ空を見上げる。
「本で読んだことはあるけど、実物は違うんでしょうね。」
ヴァレリスが腕を組んで言う。
三人の間に言葉が途切れる。街全体が同じ期待を抱いていた。
その時だった。
昼光が、不意に揺らいだ。
最初は雲かと思った。だが空には雲一つない。光がわずかに薄れ、街に長い影が伸びる。
「……これが。」俺の口から言葉が漏れる。
人々が一斉に空を仰ぐ。歓声と驚きが入り混じる。
「夜だ!」
「夜が来た!」
青白い空は次第に深い群青へと変わり、常昼の街に初めての闇が降りる。灯籠に火がともされ、通りが星屑のように輝いた。
「すごい……!」
カイルが目を見張る。
「綺麗ね……。」
ヴァレリスも息を呑んでいた。
俺は闇に包まれる街を見渡した。四年に一度だけ訪れる夜。人々の歓声は空に吸い込まれ、鼓動のような太鼓の音がそれに重なった。
――祭が、始まった。




