ちょっとした騒ぎ
昼光に包まれた広場は、祭を前にした熱気でいっぱいだった。
屋台が並び、子どもたちの笑い声が響く。俺たち三人も歩き疲れ、噴水の縁に腰を下ろして一息ついていた。
「やっぱり、この街は特別だな。」
俺が呟くと、カイルが頷く。
「うん。夜が来ないのは不思議だけど……だからこそ、祭はみんなの希望なんだよ。」
ヴァレリスは腕を組んだまま、「なるほどね」と気のない返事をするが、視線はどこか楽しそうだった。
その時だった。
甲高い悲鳴が広場を突き抜けた。
「きゃああっ!」
人混みが割れ、屋台の一角から黒い靄が噴き出した。中心にあるのは一振りの剣。持ち主の手を離れたまま、勝手に刃を振り回している。木の台が割れ、果物が宙に舞った。
「ヴェルディアの暴走……!」
ヴァレリスが即座に立ち上がり、炎剣を抜いた。
「カイル、俺たちで抑える!」
「うん!」
俺は木刀を握りしめ、靄を纏った剣に駆け寄る。突進してきた刃を受け流し、石畳を蹴って後退させる。衝撃が腕を痺れさせたが、まだ制御できる。
「はっ!」
カイルが剣を振るい、暴走剣の動きを押し返す。力強いが、軌道は直線的だ。靄の剣は鋭く跳ね上がり、カイルの肩をかすめる。
「くっ……!」
「無理するな、下がれ!」
「大丈夫! まだ動ける!」
彼の瞳はまっすぐだった。未熟だが、正面から立ち向かう意志に偽りはない。
「リオール、下がして!」
ヴァレリスが駆け込み、炎の刃で靄を斬り裂く。赤い火花が散り、暴走剣の動きが一瞬鈍った。
「今だ!」
俺は木刀で刃を叩き落とし、カイルがすかさず踏み込む。
「せいっ!」
渾身の一撃が靄の中心を削り、炎がそれを焼き払った。
轟、と音を立てて黒い靄が弾け、剣は石畳に落ちて動きを止めた。
広場に静寂が戻る。やがて人々の間から安堵の声が漏れた。
「助かった……!」
「ありがとう!」
俺は肩で息をし、木刀を下ろした。ヴァレリスは炎を収め、涼しい顔で髪を払い落とす。カイルは膝をつき、荒い呼吸を整えながらも笑みを見せた。
「二人がいたから……勝てたよ。」
「無茶はするな。だが悪くなかった。」
俺が拳を差し出すと、カイルは嬉しそうに応じた。
その時、広場の端から落ち着いた声が響いた。
「皆さん、怪我をしている方はこちらへ!」
人々を導き、素早く水や布を配っているのは――ヴィクターだった。彼の従者たちもすでに駆けつけ、負傷者を支えている。
「……来るのが早いな。」
俺は小声で呟いた。
「偶然じゃない?」
ヴァレリスが肩をすくめる。
だが俺は違和感を覚えた。広場の混乱が収まる前から、すでに彼は手際よく人々を誘導していた。まるで、最初から備えていたかのように。
ヴィクターは困惑する人々に笑みを向け、「安心してください」と柔らかな声で繰り返していた。その姿は聖人のようで、誰も疑う者はいない。だが俺の胸の奥には、言葉にできないざらつきが残った。
「リオール?」
カイルが心配そうに覗き込む。
「いや、何でもない。」
彼の純粋な眼差しを見て、疑念を口にするのはやめた。
やがて人々は落ち着きを取り戻し、祭の準備を再開する。屋台の主は倒れた台を立て直し、子どもたちが拾った果物を戻していた。
「さぁ、気を取り直して。せっかくの休暇なんだし!」
カイルが立ち上がり、笑顔を見せる。肩に浅い傷を負っているが、意に介さない。
「次は僕のおすすめを案内するよ!」
「アンタ、怪我してるのに元気ね。」ヴァレリスが呆れたように言う。
「平気さ! 僕、丈夫だから!」
俺は二人のやり取りに苦笑しながらも、木刀の柄を強く握った。
――違和感は小さい。だが消えない。
昼の光に包まれた広場で、人々の笑顔の向こうに、老紳士の落ち着いた横顔がちらついていた。
その後、俺たちは路地へ抜け、祭の飾りを売る通りを歩いた。屋台には紙灯籠や布飾りが積まれ、子どもたちが笑いながら色を選んでいる。カイルは嬉々として説明を続け、ヴァレリスは興味なさげにしながらも、気づけば一番真剣に布を吟味していた。
「この色、祭の日に映えると思う?」
「派手すぎるんじゃないか?」
「アンタにセンスを求めた私が間違いだったわね。」
そんなやり取りに、カイルは楽しそうに笑う。俺もまた、緊張が解けていくのを感じていた。
しばらく歩くと、通りの端に小さな屋台があり、年配の職人が木彫りの飾りを並べていた。太陽を模した輪、鳥の形をした護符、祭の日に飾るための品々。俺が何気なく手に取った太陽の輪の彫刻は、どこか先ほどの煤跡を思い出させた。
「気に入ったの?」
ヴァレリスが横から覗き込む。
「いや……ただ目に入っただけだ。」
「買えばいいじゃないか。記念になるよ。」
カイルが笑顔で勧める。
「……考えておく。」
そのまま置き場に戻したが、胸の奥の違和感はわずかに濃くなっていた。