昼光の街と無邪気な案内人
昼が絶えない街――ミラディア。
空を仰げば、どこまでも青白い光が降り注ぎ、時の感覚を狂わせる。人々はそれを当然のように受け入れ、布を張って影を作り、生活の隅々まで工夫を凝らしていた。四年に一度だけ訪れる「夜」を祝う祭を前に、街は普段以上に華やいでいる。
「こっちだよ、二人とも!」
先頭を歩くカイルが振り返り、眩しい笑顔を浮かべた。
俺とヴァレリスは少し遅れてついていく。彼の足取りは軽く、まるでこの街そのものが彼の舞台であるかのようだ。
「そんなに急ぐな。こっちは初めてなんだぞ。」
「ごめんごめん。でも見せたい場所がたくさんあるんだ!」
その無邪気さに、思わず苦笑する。
最初に案内されたのは市場だった。昼光を反射する布の下にびっしりと屋台が並び、香辛料の匂い、焼き肉の煙、果物の鮮やかな色彩があふれている。商人たちは陽気に声を張り上げ、旅人は財布の紐を緩めていた。
「これが名物の果実酒。夜が来る日には特に人気になるんだ。」
カイルが瓶を指差して説明する。
「カイルも飲んだことがあるのか?」
「もちろん! ちょっと甘いけど爽やかで……僕は好きだな。」
試しに店主が小さな盃を差し出し、俺たちにも口をつけさせてくれた。舌に触れると、甘酸っぱさと清涼感が広がる。
「なるほどな。確かに飲みやすい。」
「だろ?」
カイルは胸を張る。
ヴァレリスは盃を置き、
「悪くないわね。」
と短く評した。だがその頬はほんのり赤く、少し気分が良さそうだった。
さらに市場を回るうち、ヴァレリスが布屋に立ち寄った。
「これ、旅の外套に良さそうじゃない?」
店主と値段のやり取りを始めると、すぐに声が熱を帯びた。
「もう少し安くしなさいよ!」
「嬢ちゃん、これ以上下げたら赤字だよ!」
「じゃあ隣の店で買うわ!」
…王女とは思えないな...
横で見ていたカイルが目を丸くする。
「すごい……本当に値切るんだ。」
「普通じゃないのか?」
俺が問うと、彼は笑った。
「僕にはそんな発想なかったな。正直に値段を払うものだと思ってたからね。」
ヴァレリスは勝ち誇ったように布を抱え、
「見た? 安くなったわよ。」
と言った。
俺は肩をすくめながらも、彼女の逞しさに感心する。カイルはただ感嘆し、
「強いなぁ。」
と呟いていた。
市場を抜けると、運河沿いの遊歩道に出た。昼光を浴びた水面がきらきらと揺れ、子どもたちがはしゃいでいる。
「この街は水路が多いんだ。夜がない分、農作物の成長が早くてね。ここから船で各地に運ばれるんだよ。」
「なるほど。観光と商業の両方で栄えているのね。」
ヴァレリスが感心する。
「その通りさ!」
カイルは得意げに胸を張った。
俺は水面を見つめながら考える。常に昼の街で、人は夜を夢見る。俺たちは常に戦いの只中にあって、休暇を夢見ている。……似ているのかもしれない。
その後も、カイルは矢継ぎ早に街を紹介した。
光を反射する白亜の塔、花飾りが並ぶ大通り、昼光を利用した鏡細工の店。
「これはね、太陽の光を閉じ込めたランプなんだ!」
「……夜が来ないのに?」
俺が首を傾げると、カイルは笑った。
「夜を知らない人もいるからさ。祭の日のために売れるんだよ。」
疑うことを知らない笑顔。その真っ直ぐさは、俺には到底真似できないものだった。もし自分が普通の人生を歩んでいたら――そう思わずにはいられない。
ヴァレリスはそんな俺を横目で見て、「考えすぎじゃない?」と小さく囁いた。
「彼は彼。アンタはアンタよ。」
「……ああ。」
街を一回りしたころには、昼光に照らされた噴水広場に戻っていた。水飛沫が虹を作り、子どもたちが駆け回る。ヴァレリスは腕を組み、「悪くないわね」と満足げに呟いた。
「三人でいると、時間が経つのが早いね。」カイルが言う。
「そうか?」
「うん! 気づいたらもう夕方……いや、この街に夕方はなかったね。」
その冗談に、ヴァレリスが吹き出した。
「アンタ、案外面白いじゃない。」
「本当? 良かった!」
笑い声が昼光に溶けていく。