常昼の街、ミラディア
ミラディアに足を踏み入れた瞬間、俺は思わず目を細めた。
昼の光が絶えることなく街を包み込んでいる。
空には太陽が沈む気配もなく、ただ青白い輝きが揺らめいていた。石畳の道は光を弾き、影は極端に薄い。まるで時が止まったような街並みに、歩くだけで感覚が狂っていく。
「……本当に昼しかないのね。」
ヴァレリスが感嘆混じりに息をつく。赤髪が陽光を弾き、炎のように揺れていた。
「常昼の街、ミラディア。噂には聞いていたが……想像以上だな。」
俺は手をかざして額の汗を拭った。熱さというより、光そのものが容赦なく照りつけてくる。
街は祭を前にして賑わっていた。四年に一度だけ訪れる「夜」を祝う祭。その準備がすでに始まっており、通りには屋台や装飾が並び、人々の声が絶えない。
「ほら、あそこ。屋台がずらっと並んでるわよ。」
ヴァレリスが顎をしゃくった先では、香辛料や布を並べる商人、果物を積んだ籠を抱えた旅人が行き交っていた。
陽光を避けるための布が張り巡らされ、通りは色とりどりの影に覆われている。
俺たちは人波に押されながら広場へと辿り着いた。そこに人だかりができていた。
「どうか、これを受け取ってください。」
輪の中心に立っていたのは、白髪をきちんと撫でつけた老紳士だった。上質な外套に身を包み、手には袋や布を抱えている。彼は次々と人々に食料や衣服を手渡し、労わりの言葉をかけていた。
「ありがとう、助かります!」
「ヴィクター様のおかげで、子どもたちも飢えずに済みます……!」
群衆の声に、老紳士――ヴィクターは微笑みながら応じた。
「困ったときは助け合うものです。次に困っている人を見かけたら、あなた方が手を差し伸べてあげてくださいね。」
その声音は驚くほど穏やかで、聞いているだけで胸の奥が和らぐようだった。
「……なんだか、聖人みたいな人ね。」
ヴァレリスがぽつりと呟く。俺は頷きかけて、同時に言葉を飲み込んだ。あまりに出来すぎている気もするが、それを口にするほど俺は疑い深くない。
と、その横で立っていた少年が、こちらに気づいて手を振った。
「やあ、こんにちは!」
光を受けて輝くような笑顔。背の高いその少年は、まだ若さを残しながらも真っ直ぐな立ち姿をしていた。
「僕はカイル。……初めて会うよね?」
差し出された手に戸惑いながら、俺は応じた。
「リオールだ。こっちはヴァレリス。」
「ふふん、よろしく。」
ヴァレリスが軽く顎を引く。
「リオールとヴァレリスか!覚えたよ!二人は観光で? ミラディアは初めて?」
「そうだな。祭の話を聞いて来てみたんだ。」
「なら、きっと楽しめるよ! 街中が夜を迎える準備で大忙しなんだ。」
快活な声に、ついこちらまで引き込まれる。彼は純粋に人と出会うことを喜んでいるようだった。
そこへ、一人の女性が歩み寄ってきた。艶やかな黒髪を後ろで束ね、切れ長の瞳が冷ややかに光る。動きには隙がなく、どこか剣士を思わせる緊張感をまとっていた。
「カイル。あまり知らない人と長く話し込まないの。」
「ごめん、フィオナ。でも彼ら、旅で来たみたいだから――」
「理由はどうあれ、警戒は必要よ。」
フィオナと呼ばれた女性は俺たちに会釈した。礼は失していないが、その視線には冷たさが宿っている。
「彼女はフィオナ。僕にとっては姉みたいな人なんだ。」カイルが紹介する。
「そうか。」俺は短く返す。
そのとき、施しを終えたヴィクターがこちらへ歩み寄ってきた。近くで見ると、その笑みはより柔らかく、深い湖のような眼差しをしていた。
「おや、見慣れない顔ですな。旅のお客人でしょうか?」
「ええ。少し休暇をいただいて……観光に。」
ヴァレリスが答える。
ヴィクターはゆっくりと頷き、カイルの肩に手を置いた。
「カイル。しばらく彼らと一緒に過ごしてきなさい。君には同年代の友が必要だろう。」
「えっ、いいのかい?」
「もちろんだとも。学ぶことは剣や本だけではない。人との出会いもまた、宝だからね。」
その声に背を押され、カイルは嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、よろしく頼むよ!」
差し出された手を再び握り返しながら、俺は不思議な感覚に囚われていた。眩しいほどの善意と温もり。その裏に、何かが隠れているのか――今はまだわからない。
ただ確かなのは、ここでの出会いが後の運命を大きく変える、という直感だった。




