休暇の始まり、二人の旅行
今回の騒動で、学園は大きな被害を被った。カミヤ先生が何とかしたとはいえ、城壁は崩れ、先生の攻撃の巻き添えを受けた場所もある。
その後、俺たちは講堂に集められた。
「皆さん。今回の騒動で誰一人としてケガ人が出なかったこと、実に嬉しく思うですよ。」
学園長が静かに告げる。探知系のヴェルディア使いが事前に外敵を見つけ、避難を促した結果だった。
「しかし、学園にはかなりの損害が出てしまいましたですよ。ですので、復旧するまでの間、皆さんに休暇を与えるですよ。もちろん、復旧担当のクランには残ってもらうことになりますが……その生徒には終わった後の休暇を約束するですよ。」
休暇。あまりに唐突な響きだった。まともに休暇を与えられるのは、これが初めてかもしれない。だが、どこに行くべきかまったく見当もつかない。
考え込んでいると、隣にいたヴァレリスがこちらに顔を向けた。
「アンタ、どこか行くところとか決めてるの?」
「うーん、特には。多分だけど学園に残って修行をするかな。」
「アンタ……本当に修行が好きね。」
あからさまに引かれてしまったが、事実だから仕方がない。俺は戦ってきた時間のほとんどを修行に費やしてきた。休むことに慣れていないのだ。
「どこにも行かないなら……私と一緒に出かけない?」
意外な提案に目を瞬かせた。確かに一人なら気乗りしないが、二人でなら違う。訓練の延長のようにでも、旅の途中で得られるものがあるかもしれない。
「かなり遠いけど……『ミラディア』とかどう? 今度祭もあるらしいわよ?」
『ミラディア』。夜が訪れない街。四年に一度だけ夜が訪れる日があり、その一日を祝う祭が開かれる。観光者に優しい街としても有名で、噂には聞いていたが実際に行ったことはなかった。俺の心にもわずかな期待が芽生える。
「いいな、行ってみるか。」
「本当? じゃあ二日後に出発するわよ。明日は買い出しをしておいて。」
「おい、早いな……。」
彼女の決断はいつも速い。けれど、間を空けてもやることなどない。むしろ気持ちを切り替えるにはちょうどいいだろう。
講堂を出て廊下を歩く。窓から射す陽光が石畳に反射し、静けさが広がる。俺は隣を歩くヴァレリスの横顔をちらりと見た。炎のような赤髪を結った彼女は、不思議と楽しそうに見える。
「……本当に、アンタらしいわね。」
「何がだ?」
「休暇を与えられても真っ先に修行を考えるところよ。けど、そういうアンタだから私も誘ったのかもしれない。」
小さな笑みを浮かべる彼女に、俺は返す言葉を見つけられなかった。王女でありながら戦うことを望み続ける彼女の姿は、俺にはまぶしい。
翌日、俺たちは市場へ買い出しに出かけた。旅人や商人が行き交い、品々が並ぶ。香ばしいパンの匂い、果物を積んだ籠の鮮やかな色。普段の学園生活では味わえない喧騒がそこにあった。
「これなんかいいんじゃない?」ヴァレリスが香辛料の小袋を手に取る。彼女は珍しい調味料や布を次々と見比べ、値段を聞き、時に店主とやり合いながら買い物を楽しんでいた。
「ちょっと値下げしなさいよ。これだけ買うんだから!」
「お嬢ちゃん、強気だねぇ……じゃあ少しだけまけてやろう。」
「ほら、アンタのおかげで安くなったわよ。感謝しなさい。」
「俺は何もしてないだろ……。」
呆れる俺をよそに、ヴァレリスは勝ち誇った笑みを浮かべる。戦場では炎を操る彼女も、ここではただの少女に見える。その落差に、思わず心が和んだ。
「アンタ、荷物持ちくらい役に立ちなさいよ。」
「はいはい……。」
袋を抱えながら歩く俺を見て、ヴァレリスはくすりと笑った。木刀よりも重い袋を抱えながら、俺は不思議と悪くないと思っていた。
日が傾く頃、買い出しを終えた俺たちは寮の前で足を止めた。袋の中には干し肉や保存食、旅用の外套、そして彼女がどうしてもと譲らなかった菓子が入っている。明日には出発だ。緊張と期待が胸の奥でせめぎ合う。
「楽しみにしておきなさいよ。きっと退屈なんてしないから。」
「……あぁ。」
夜、自室に戻った俺は窓を開け、静かな風を浴びながら考えた。休暇は修行より無駄に思えていた。だが、ヴァレリスと共に歩む時間は違う。戦うためだけではなく、共に過ごすことで見えるものがあるはずだ。
扉の向こうから、彼女の声が聞こえた。
「寝坊したら置いていくから、覚悟しなさいよ!」
「……わかってるよ。」
笑みがこぼれる。こんなやり取りも、戦い続きだった俺には新鮮だった。明日から始まる旅が、ただの休暇ではなく何かを変えるものになる気がしていた。胸の奥でざわめく不安と期待を抱えながら、俺は静かに目を閉じた。
こうして、俺とヴァレリスの小さな旅路が決まった。