白熱する戦い、疼く赤。
海はなおも白に塗り潰されていた。
花弁が咲くたびに夜は削がれ、血と炎は消えていく。だが、誰も手を止めなかった。
「うおおおッッ!」
先陣を切ったのはオーウェンだった。両腕のグローブが赤熱し、海面すら割りそうな踏み込みで根を殴り飛ばす。
「骨が砕けようが知ったことか!『カメリア』ァ!!」
拳が閃き、白い繊維を砕く。だがその切断面も即座に修復される。無意味に見える。
それでも彼は笑った。
「効かなくてもいい!次につなげッ!」
「お客様ぁ、舞台はまだ続きますよ!」
アレクセイが笑い、カードを散らす。瞬間、十人を超える幻影の仲間が甲板を駆け、敵の根に飛びかかった。
「はははっ、観客は大歓声ですねぇ!」
オスカーのナイフが幻と実体を織り交ぜ、次々と閃く。転移と幻術が重なり、根は標的を見失ってうねりを空振りした。
「ぼ、ぼくも……やります!」
ペイルの鎌が大きく薙がれ、空間が裂けた。根の一部がその裂け目に吸い込まれ、別の場所から突き出して自らを絡めとる。短い時間だが動きを封じることに成功した。
「今だよ、リオール君!」
俺は頷き、木刀で走り込む。ザミエルの銃声が重なる。
「...射線、開通。」
彼の弾丸が白の膜を裂き、花弁の一輪を翳らせた。そこへ俺が斬り込み――。
「……砕けて!」
イゾルデの戦斧が甲板ごと叩き割り、巨影の根を大地のように沈める。斧は砕け散ったが、彼女は笑っていた。
「これでまだ倒れないなんて!」
「ヴァイン、拘束を!」
アラエルが声を飛ばす。
「だるいけど……やればいいんでしょ~。」
鎖が海を渡り、根に絡みついて体力を吸い上げる。アラエルの鉄の羽が矢雨のように白を叩く。
「オウオメェ等!まだ寄れェ!」
アスファデルが銛を抜き、血の滴る床板を蹴って高く跳ねた。
「ハッハァ!美しいなァ、『白蓮巨影』ィ!夜を呑み込むその白光よォ!」
その眼は仲間も船も映さず、ただ巨影だけを見つめている。
「てめェを仕留めるためにゃ、何人死のうが足りねェ!もっと寄越せェ、もっと血を撒けェ!この狂宴に身を焚べろやァ!」
銛が白へ突き刺さる。即座に三輪の花が咲き、意味を剥ぎ取った。だが確かに、薄れは積み重なっている。
ザミエルの声が背で低く響く。「揺れ、右三。次弾、二秒。」
白光を縫う狙撃が走り、花弁がまた翳った。
――勝ち筋はある。
この白を散らし、欠けさせ、折る。その先にしか突破はない。
だが白蓮の反撃は苛烈だった。
船員の一人が鉤網を握ったまま根に弾き飛ばされ、海へ消えた。
別の者は砲弾を抱えて走り、叩き潰される瞬間に火縄へ火を落とした。轟音とともに自らも砕け散り、砲身だけが白に飲み込まれた。
「お前らぁ、止まんなァ!」
アスファデルの声が響く。誰が倒れても、次が続いた。
旗を掲げた少年兵は、矢を放つ瞬間に胸を貫かれた。だがその手は最後まで旗を落とさず、倒れ際に仲間へ託した。
その小さな継承で、散り散りの呼吸がまた一つに束ねられる。
砲手は血に濡れたまま歯で火縄を咥え、指を失った手で弾を押し込む。舵取りは両腕を裂かれながらも舵輪を抱きしめ、沈まぬようにと軋む板を支え続けた。
「俺たちが止まれば、ここで終わるんだ……!」
そんな呻きが波音に混じる。
矢を射る女狩人は片目を潰されても弦を引き、沈む船腹を押し上げた水夫は骨の折れる音を立てても退かなかった。誰もが限界を越えた身体を鞭打ち、ただ目の前の白に抗っていた。
俺はその姿に胸を締め付けられる。砲火も刃も、すべて白に消されるのに、誰も諦めようとしない。命が無駄に削がれていくのを知っていてもなお、進むしかないと歯を食いしばっている。
――その在り方が、俺には痛いほど突き刺さった。
俺は深く息を吸った。
ここからが本番だ。
白い花弁が一斉に開き、またしても戦場は真昼に塗り潰された。
炎は消え、血は薄れ、砲痕は塞がる。努力が――仲間の命までもが、無に帰る。
俺は拳を握りしめた。
木刀だけじゃ届かない。浄化はすべてを呑み込み、また最初からに戻す。
これでは、散っていった船員たちの犠牲は……意味を失う。
「……だったら、俺が背負うしかないだろ。」
胸の奥で疼く赤。
あの刀を握れば、死者の声が流れ込み、俺は奴らに飲み込まれそうになる。
四か月の特訓の途中で、カミヤ先生は何度も叩き込んできた。
――「呼吸を合わせよ。心を縛るな。流れに呑まれてなお、汝は汝であれ。」
あの言葉を、今こそ掴む。
たとえ血涙で視界が滲もうと、髪が赤に染まろうと、呑まれきるわけにはいかない。
甲板に残った血痕が白に消えていく。けれど俺の記憶からは消えない。
さっき倒れた水夫の顔も、旗を託した少年兵の手も、焼き付いて離れない。
血潮を浴びて死んだ仲間の叫びすら、耳に残っている。
――その声を無駄にはしない。俺が応える。
「見てろよ、ここで散った皆...。」
「俺は――『赤』で、この『白』を穿つ!」




