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討伐戦へ...出航!

そして、しばらくの訓練の後――

「ほっほっ!小僧どもも多少やるようになったわ。これなら明日にでも海に出られるじゃろ!」


アスファデルが言い切った。海に出る、すなわち討伐に向かうということだ。胸の奥がひやりと冷え、同時に熱が走る。


「オルテア!聞いたか!もう少しでヤツを倒せるぞ!」

「あァ……やっとクソ面倒なことをしてやがるヤツをブッ潰せるのかァ!」


二人の声に周囲の船員が笑う。緊張は残っているのに、港の空気は不思議と軽かった。

「明朝一番の潮で出る。寝坊の奴は海水で起こすから覚悟せい、ほっほっ。」


アスファデルの冗談に、誰かが「勘弁してくれ」と肩をすくめた。俺もつられて笑うが、笑いの隙間に冷たい波が入り込む感覚は消えない。


夜。宿の窓から港を見下ろす。帆は畳まれ、船体は眠っているみたいに静かだ。潮騒の間に、人の声と鎖の音が混じる。明日の航海に向けた最後の準備が続いているのだろう。


「眠れないの?」

ヴァレリスが背後で問う。

「少し。」

「なら、呼吸を整えて。怖さは呼吸で形が変わるわ。」

「ありがとな。」


たしかに、深く吸って吐いていると胸の波が少し落ち着いてきた。オーウェンは布団に潜り込みながら「明日は勝ちに行くぞ」と寝言みたいにつぶやき、イゾルデは「甲板で風切るの楽しみ」と笑って目を閉じた。


俺も横になり、目を閉じる。暗闇の奥で、白い花弁がひらひらと揺れた。握り直した掌が、ようやく熱を保持する。


明け方。港はもう動いていた。鐘の音、ロープの唸り、帆の裂けるような音。俺たちは学園長とカミヤ先生に率いられ、乗船する船へ向かった。

「みな、われらが共に在るといへども、油断なきよう心せよ。」

「よっしゃ!皆!やっと本番だな!」

「海風、最高!」


タラップを渡ると、甲板の木が足裏で鳴った。潮の匂いに混じってタールと麻縄の匂い。船大工が最後の釘を締め、船員が合図で樽を転がす。


アスファデルの船も並んでいる。艫に立つ当人がこちらを見つけ、指を二本立てた。「二分で出すぞ」という合図だ。

「小僧ども、船は気分屋じゃ。撫でれば動くが、蹴れば拗ねて沈む。覚えとけ、ほっほっ。」

「例えが古いな。」

「古いのは骨だけで十分だ。」


アスファデルは肩をすくめ、銛の石突きで甲板を軽く叩いた。乾いた音が腹に伝わる。


綱が外され、櫓が引かれ、船体がゆっくり水に受けられていく。岸壁が後ろへ滑り、マレティアの喧噪が遠ざかる。海鳥が鳴き、波が舷側で砕けた。


「行くぞ。」

俺が言うより早く、オーウェンが吠える。

「『白蓮巨影』、ぶっ飛ばしてやる!」

「煽りすぎは足を掬われるわよ?」

ヴァレリスが注意する。


午前のうちに港の外へ出た。海は綺麗な水色で、遠くに小さな雲が浮かんでいる。船団は縦隊を組み、旗の合図で細かく速度を調整した。俺たちは見張りと簡易の作業を交代でこなし、合間に水を飲む。


「リオール!」

オーウェンが小声で言う。

「お前は怖いか?」

「怖い。」

俺は即答する。

「でも、足は前に出る。」

「なら上等だな!」


彼は笑い、拳を俺の肩に当てた。

軽口のやり取りの間に、甲板で足場の確認が進む。ロープコイルの位置、消火桶の数、浮環の吊り下げ。指で数え、目で位置を刻む。


午後、風が少し上がった。帆が鳴き、船腹が低く唸る。船団の端の一隻から旗が上がり、前方の見張りが合図を返す。伝令が走り、アスファデルが艫から声を飛ばす。


「小波が続く。足を取られるな。腹が騒ぐ奴は、先に騒がせとけ、ほっほっ。」

「ああ。」俺はうなずく。胸の奥で波が一枚砕け、その破片が芯へ沈んでいく感覚があった。


夕方、空が薄く朱に染まり始める。甲板灯の準備が始まり、見張りは夜間配置へ移行した。ザミエルはいつものように無言で海を見ている。アスファデルは遠くの水平線を睨み、ふいにこちらへ顔を向けた。


「小僧、慣れてきたか?」

アスファデルが銛を肩にかけて近寄ってきた。


「まあ、なんとか。」

「ほっほっ、最初は誰でも海に酔うもんじゃ。わしも昔は船べりに吐きまくって、仲間に笑われたわ。」

飄々と笑うその声に、俺もつられて口元を緩める。


だが次の瞬間、声の調子が変わった。

「……笑った仲間も、女房も子も、みんなヤツに呑まれたがな。」


思わず手が止まる。アスファデルは気にした様子もなく、銛の石突きをとん、と甲板に突いて笑った。

「ほっほっ、だから海は信用ならん。獲物をくれて、命も呑み込む。わしはあいつを見つけたら、必ずこの銛で穿つ。逃がさん。」


そう言い切ると、また冗談を言って去っていった。

――だが残ったのは笑い声よりも、言葉の重みだった。


俺が言うと、アスファデルは片手をひらひら振って、また海へ目を戻した。視線の先は、俺には見えない何かをずっと追っているようだった。ザミエルも同じ方向を見ている。二つの影は交わらない。


灯りが点り、海は群青に沈む。舳先で風が顔を打ち、塩が唇に残る。白蓮の名を持つ怪物はまだ姿を現さない。だが、船は確かにその影の方角へ進んでいる。


「行こう。」

小さくつぶやく。返事はない。けれど、甲板の下から船の鼓動が確かに響いた。

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