『白蓮巨影』討伐へ!
昼下がりの訓練場は、何とも言えない雰囲気に包まれていた。
理由は...
「今月で3回目だよね...?」
壁に貼られた速報。船団が壊滅させられたという普通では滅多に起こらないニュースが、今月に3回貼られているのだ。
ペイルが大鎌を持ちながら不安そうにつぶやく。
「...『白蓮巨影』。」
その名を見るのは今月で3回目だ。巨大な複数の生物の見た目を融合させたような魚。だが、その背には一面の白蓮が咲いているという。
「リオール!こんな奴許してはおけん!討伐しに行くぞ!」
「いや、俺たちは一応学生だから、無理だろ...。」
そんな風に俺たちが会話していると、
「静まり給え。」
カミヤ先生の声が、場のざわめきを断ち切った。
荘厳でありながら柔らかさを帯びたその声に、全員の背筋が自然と伸びる。
「汝ら、よくぞ耳を澄ませた。これより伝えられるは、国王陛下の勅命なり。」
「父上の...?」
ヴァレリスが不思議そうな顔を浮かべているその時、学園長が訓練場へと入って来た。
「カミヤ先生。ここからはワタシが説明するですよ。」
国王陛下からの勅命、そして、学園長が出てくる事案ということに、全員の顔が引き締まる。
「さて……アナタたち。」
その声は妙に柔らかい。だが文末に独特の響きを伴い、全身を圧するような威圧感を孕んでいた。
「『白蓮巨影』...。その名のもとに港を飲み込まんとする影を、討伐する遠征隊をうちの学園から出すことにしたのですよ。そして...アナタ達『満開』クラスは、その遠征隊に選ばれたのですよ。」
「ッ...!」
誰もが息を呑んだ。当然だろう。先ほどまでの会話の内容の大半を占めていた『白蓮巨影』...それを自分たちが討伐しに行くのだから...。
「もちろん不安もあるでしょう。ですから、今回の遠征にはワタシとカミヤ・アザミネが同行するですよ。」
安堵の声が広がる。だが、疑念も広がる。その疑念を払拭するように...
「今回の遠征はアナタ達の成長も目的の一つです。いずれ国の最高戦力となるであろうアナタ達をね。アナタ達は絶対に死なせません。ワタシが保証しましょう。」
そうしてカミヤ先生の方を学園長が見る。カミヤ先生もそれに応える。
「うむ...汝らを死なすことはせぬ。されど、われらが直に出るは余程の折に限る。初めより介入すれば、育成の理は廃れようからな。」
恐らく、学園長やカミヤ先生が出撃すれば『白蓮巨影』もすぐに討伐出来るんだろう...そう考えると、彼らの異常性がより引き立つ。
「遠征は1週間後に行いますですよ。行き先は、湾岸都市『マレティア』。全員、用意を済ませておくようにするですよ。」
マレティア...この国唯一の大規模船団を編成することが出来る都市にして、被害現場から一番近い都市。
「われ、これより学園長と語らん...。ゆえに汝らはここにて各々、稽古に励むがよい。」
そうしてカミヤ先生と学園長は出て行った。当然...訓練場では先ほどの話題で持ちきりになる。
「『白蓮巨影』ィ...ぶっ飛ばしてやるよォ。」
オルテアが言い切る。非常に彼女らしい。
「でも『白蓮巨影』って、滅茶苦茶強そうですよね?僕らで倒せるかな...。」
「ビビってんのかァ?なら残ってもいいんだぜェ?」
「い、いえ!僕も行かせてください!」
ペイルが最近では珍しく弱気になっている。気持ちはわかる。なんせ相手の実力についての情報はほとんどない。カミヤ先生と学園長が居るとはいえ...彼らはあくまで保険だ。
「はぁ……だる~...。何で私達なのさ~...。」
ヴァインが壁に背を預けて鎖を指でいじりながら、気怠そうに吐き捨てる。
「ヴァイン、そんな顔しないの。」
「不安なのはみんな同じ。でも、だからこそ私たちが落ち着いていなきゃいけないのよ。」
「わかってるけど……『白蓮巨影』? 名前からして面倒そうだし~...。どうせ一番ヤバい役は私たちが背負わされるんでしょ~...。」
「ふふ、それでも私たちはやれるわ。だって、あなたがいるんだもの。」
アラエルは母親のように優しく言い切った。あの二人は相変わらずだ。ヴァインはああいいつつも、結局は活躍してくれる。
その瞬間、周囲のざわめきに混じって――確かに、低い声が響いた。
ザミエルだ。普段は口数の少ない彼の声を、俺は聞き逃さなかった。
「あいつも...来るんだろうな。」
俺は思わず振り返った。
だがザミエルはいつも通り、冷たい瞳で前を見据えているだけだった。
誰も気づいていない。今の言葉を拾ったのは、俺だけらしい。
「あいつ……?」
問いかけかけたが、喉の奥で言葉が止まった。
ザミエルの横顔は石のように硬く、声をかけることすらはばかられる気迫があったからだ。
「リオール!どうした!顔色が悪いぞ!」
オーウェンが俺の肩を叩く。
「な、なんでもないさ。」
無理に笑みを作って返したが、胸の奥には小さな棘のような違和感が残っていた。
ザミエルにとって、俺たちがこれから向かう討伐は単なる任務じゃない。
その背後に、彼自身の過去が深く絡んでいる...そんな確信めいた予感があった。
すぐにわかるだろう。
そう心の中でつぶやいたときには、もうザミエルは表情一つ動かさず、大鎌を構えたペイルの方へ視線を移していた。
彼が誰のことを言ったのか、なぜあの言葉を漏らしたのか...答えはマレティアで待つことになるだろう。