見舞い、特訓。そして...
気づけば俺は医務室にいた。
『月下美人』の反動で倒れてしまったらしい...時刻を見ればすでに閉幕式が始まっている時間だ。
「おや、起きたのかい。今外は閉幕式をやっているよ。まぁボクは負傷者の治療で忙しかったから出なかったけどね。」
「クランバトルの戦ひ、拝見せしぞ。覇剣を前にしてなお突き進むその姿勢――まこと見事なり。」
エレノア先生とカミヤ先生が話しかけてきた。
負傷者の治療...?周りのベッドに人はいないが...もしかして...
「君だけ別室に移した理由が気になっている顔だね。君も大方予想がついているんじゃないのかい?君のヴェルディアのことだよ。」
「...まぁそれだとは思っていました。」
「最後に見せし力……あれはいかなるものなりや?」
先生が両の手の甲を交互に指さしながら聞いてくる。
そこには2つの『花』が。
そう。俺が最後に見せた『月下美人』と、『ヒガンバナ』だ。
「あれは...多分俺本来のヴェルディアです。」
それから俺は覇剣に力負けした後のことを話した。
気づいたら知らない空間にいたこと。そこで師匠と話したこと。木刀を縛り付けていた何かがあったこと。そして...
「俺は本来の『ヒガンバナ』の力の一端を見ました。赤黒い奔流が押し寄せてきて...師匠が止めてくれたんですけど...今はどうやら会話することもできないみたいで...。」
「ふむ、実に興味深いね。君本来のヴェルディアが解禁されたことで、同じ枷に縛られていた『ヒガンバナ』もその真の力を取り戻した...。」
「はい。だけどあの力はまだ俺には早すぎるような気がするんです。『月下美人』でさえ、使用後にこんな反動が来たんです。『ヒガンバナ』ならどうなるか...。」
心身がヴェルディアに引っ張られる感覚もあった。ヒガンバナに引っ張られたらどうなってしまうのか。俺にはわからない。
その後、簡単に説明を受けた後、俺は解放された。
学園長は行事の後ということもあり忙しいのか来なかったが...
そして...
「リオール君。約束を覚えておるか?」
「はい。クランバトルで全勝したら、カミヤ先生の力の一端を伝授していただけると。」
「明日より訓練をはじめん。放課後となりし折、我がもとへ参るがよい。」
「ッ....はい!」
そうして、カミヤ先生は医務室から出て行った。そして...
「ほんっと...アンタってやつは...こんな無茶して...」
「まぁまぁいいじゃあないですか!この前より良い舞台になったことですし!」
「リオールゥ!スゴかったじゃねェかよ!」
ヴァレリス達が入って来たのだった。
「皆...心配させてごめん。」
俺は小さく笑い、仲間たちを順に見渡す。
「でも、優勝できたのはみんなのおかげだ。」
ヴァレリスは溜息をつきつつも、口元を少し緩めた。
「次は無茶しないこと。それだけ約束して。」
「……次、か。」
俺は天井を仰ぎ、握った拳に力を込める。頭の奥に赤黒い奔流...『ヒガンバナ』の幻影がちらつく。あの力を制御できなければ、勝利は続かない。
「わかってる。だから、明日からまた強くなる。」
その言葉に、オルテアは鼻で笑い、アレクセイは大げさに拍手を鳴らす。
ヴァレリスはわずかに安堵を浮かべ、窓から差し込む夕陽が三人の影を伸ばしていった。
戦いは終わった。だが俺たちの物語は、まだ続いていく。
そしてその夜、俺は一人で特訓をしていた。
『月下美人』を自在に扱えるようになるには、まだまだ身体能力が足りない。
ただ振るうだけなら出来る。だが試合の時のように覇剣と斬り結び、なお立っていられるほどの体力は、今の俺にはない。
明日から始まるカミヤ先生との特訓に備えるためにも、もっと基礎を鍛えなきゃならない...そう自分に言い聞かせ、木刀を振り続けていた。
夜の空気は澄み切っていて、木刀を振るう音だけが響いていた。
掌は火傷のように熱く、肩は鉛のように重い。だが止まらない。止められない。
「……まだだ。もっと……」
額から滴った汗が地面に吸い込まれる。
『月下美人』を使いこなすためには、もっと基礎を積まなければならない。そう言い聞かせ、木刀を振り下ろした――
その瞬間、音が消えた。
「……?」
風も虫の声も、何もかもが途絶える。
静寂を切り裂くように、目の前に鳥居が立ち上がった。淡く光を放つ、不気味な鳥居が。
「こんばんは。」
鳥居の傍から現れたのは、黒と白の装束を纏った女だった。
長い薙刀を手にし、瞳は闇を映したように深い。
微笑みは柔らかいが、その存在は息を呑むほど異様だった。
「……誰だ?」
木刀を構える。女はゆるやかに首を傾げ、穏やかに告げた。
「わたしは『宵の門』。境界に立つ者。……少し、あなたの力を見に来ました」
言葉と同時に、鳥居が次々と現れた。左右に、背後に、頭上に。
瞬く間に俺は結界の中に閉じ込められる。
「な……っ!」
胸を押し潰すような重圧。
音は消え、空気は濃く、足は鉛のように重くなる。
呼吸すら思うようにできない。
「花は時を待ちて咲くもの。……けれど、無理に開けば、すぐに枯れるだけ」
宵の門は祈りを捧げるように薙刀を振るい、光の鳥居が輝いた。
次の瞬間、斬撃が襲う。
「ぐっ……!」
受けた衝撃で全身が痺れ、地面に叩きつけられる。
立ち上がろうとするが、さらに鳥居が現れ、逃げ場を奪う。
薙刀が振り下ろされるたび、視界が血に染まる未来が脳裏をよぎる。
――殺される。
出来れば使いたくなかった...でも、ここで死んだらもっとダメだ!
暴走のリスクを取ってでも...!
「来い……『ヒガンバナ』ッ!!!」
『ヒガンバナ』を使うしかなかった。