白銀の刃、並び立つ炎
白銀の刃が、覇剣の重みを静かに外へ流す。刃鳴りは澄み、花弁が風よりもゆっくりと舞い上がった。視界は凪いだ水面みたいに穏やかだ。
レオンハルトの肩がわずかに沈む、その予兆を見てから動いたのでは遅い...動くより先に、身体が最短の線でそこにあった。金属が触れ合い、王の踏み込みが半歩、砂に埋まる。
観客のどよめきが弾ける。互角ではない。確かに押している。けれど、花の時は確実に減っていた。指の痺れが肘へ、肘の震えが肩へ。月下美人は一夜の花。咲き誇れば、散る。その理が、掌の鼓動で告げてくる。
「……なるほど」
レオンハルトは静かに息を整え、覇剣をわずかに立て直す。覇気は膨らまず、逆に研ぎ澄まされていく。重さは消え、線だけが剣となって残る。王としての剣だ。無駄を一枚、また一枚と削いでいく。
「それでも届かせるというのなら...王として受けよう。」
王の足が砂を掻き、角度が狂う。そこへ踏み足、切っ先だけの一突き。澄音が一つ、花弁が二枚、遅れて落ちた。
…あと、数合。
胸の奥で、白い灯がひとつ、ふっと細くなる。限界の影が輪郭を持ちはじめた瞬間、闘技場の縁で炎がかすかに立ち上った。
——————————————————————————————————————
砂の冷たさと、鉄の匂い。遠くで刃が鳴るたび、胸の奥で何かがきしむ。瞼の裏に浮かぶのは、幼い日の背中...誰よりまっすぐで、誰より遠かった兄上の背。
『あなたは影。王族の名に縛られた、弱い刃』
耳の奥で、もう一人の私が抑揚なく告げる。否定の言葉は、熱にならない。喉は渇き、指先は冷たい。視界の端に白銀が閃き、あの人の横顔が一瞬、光の中に切り取られる。
…違う。
私は兄上の影で在りたいのではない。誰かの代わりでも、飾りでもない。私自身で、燃える。
炎剣の柄を、痛いほど握りしめた。内側で、炎が小さく、けれど確かに返事をする。熱はまだ弱い。立てるかどうかもわからない。それでも、立つ。
「……まだ、終わっていない」
かすれ声が、熱に変わる。膝に力が戻り、足裏が砂を掴む。視界の中央で、レオンハルトが覇剣を構え、白銀の刃が静かに対峙している。二つの線の合間に、自分の居場所が見えた気がした。
私は震える息を吐き、炎剣の鞘鳴りを短く鳴らす。
――燃えろ。私のために。
——————————————————————————————————————
白銀と覇気がまた噛み合う。鈴のような澄音が闘技場に落ち、歓声が一拍ずれて爆ぜた。限界はまだ、数合先で踏みとどまっている。だが、その先に紅い熱が近づいているのが、はっきりとわかった。
「……レオンハルト。」
名を呼ぶ。王の瞳が細くなる。互いに無駄を捨て、次の一合にすべてを載せる合意だけが、花弁の間を渡った。
そして...砂の縁で、紅が立ち上がる音がした。
「まだ――終わっていない!」
刃が爆ぜ、紅が弾ける。燃え上がった炎は、火の粉を花弁のように散らしながらうねり、熱風が観客席まで揺らした。
「花開け...『グロリオサ』!」
その一言で、出力が一段、跳ね上がる。軌道の誤差すら熱が呑み、外れても焼き切る勢いで紅が走った。
「ヴァレリス……」
レオンハルトの瞳がわずかに揺れる。血族としての誇りと、王としての歓喜が同時に灯ったようだった。
白銀と紅蓮が並び立つ。俺は頷き、彼女は短く息を合わせる。説明も合図もいらない。必要なのはただ、最短で届く二本の線。
「右は任せる。」
「任せて!」
覇剣が吠える。王の一撃が二本へ割れ、上下で襲いかかる。紅が上を呑み、白が下を払う。すれ違いざま、花弁と火の粉が渦を巻き、王の覇気がほどけていくのが見えた。
だが、花の時は残り僅か。呼吸一つで、視界の縁に暗さが差す。指の痺れは肘へ、肩へ。立ってはいるが、次の一手を外せば終わる。
「……リオール。」
ヴァレリスが横で低く呼ぶ。紅の瞳は恐れを帯びず、ただまっすぐだった。
「最後を、合わせるわ。」
レオンハルトは一歩退いて、深く構えた。覇剣の光は穏やかに収斂し、無駄がない。王としての誇りと護られてきた忠義の重さが、一条に絞られていく。
「参れ」
俺は下段へ。白銀の刃が呼吸と同時に沈み、花弁が地を撫でる。ヴァレリスは上段、炎が天を焦がす。
「――咲け、『月下美人』」
「――燃えろ、『グロリオサ』」
同時。紅蓮が覆い、白銀が貫く。覇剣の芯を、二本の線が十字に断った。轟音もなく、ただ澄んだ鈴のような音が一つ、闘技場に落ちる。王の剣から光がこぼれ、刃が膝下で静かに崩れた。
砂塵の向こうで、レオンハルトが膝をつく。敗北の色はない。あるのは納得と、穏やかな微笑。
「……見事だ。王として、そして兄として、誇らしい」
歓声が遅れて爆ぜる。波が何度も押し寄せ、闘技場を震わせた。俺は刃を下ろそうとして...崩れ落ちた。
世界がわずかに揺れる。白が一斉に萎み、指から温度が失われていく。月下美人は、一夜の花だ。咲き誇ったなら、散る。
「リオール!」
ヴァレリスが支える。炎の熱は、もう俺を焦がさない。紅は静かに灯り、観客席の喧噪が遠ざかる。
鐘が鳴る。審判の宣言が遅れて届く。勝敗の言葉は、花弁と火の粉に紛れて聞き取れなかった。けれど、それで十分だ。俺たちは、届いた。
視界の端で、オルテアが遠くから親指を立て、アレクセイの外套が布の山に持ち上がって、小さくぱちぱちと拍手する幻を見た。きっと、錯覚だ。だけど、悪くない。
白銀の花弁が最後に一枚、静かに落ちる。闇はやさしく、砂は冷たい。掌には、もう棒切れの重さだけが残っていた。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
長き戦いはひとまず幕を下ろしましたが、物語はまだ続きます。
この先の展開を楽しみにしていただけたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。