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闇の中で

沈む。底のない闇に落ちていく感覚だけがあった。

観客の歓声も、冷たい石の感触も、覇剣の重圧も、すべて遠のいていく。

ただ一つ...月光だけが瞼の裏に差し込み、俺を導いていた。


目を開くと、そこは石畳の庭園だった。

夜風に揺れる白花が咲いては消え、淡い光が路を照らしている。

中央に浮かんでいたのは一本の木刀。俺がいつも振ってきた棒切れだ。

だがその木刀は黒い鎖に絡め取られ、影のように沈んでいる。


「……これが……俺の?」

「そうだ、それがお前の剣だ!」

背後から豪快な笑い声。振り返れば、師匠が腕を組んで立っていた。

堂々たる体躯、雷鳴のような声。


「けどな、形になっちゃいねぇ。迷ってるうちは棒切れのままだ。掴む覚悟を決めりゃ...花は咲く。」

「でも俺は……守れなかった。力がなくて……」

「あるだろうが!」

叱声が夜を震わせ、石畳を砕くかのように響く。


「力ってのは刃の厚みじゃねぇ! 仲間が託したもんを背負い切る胆力だ!お前にはもうある。あるのに、怯えて手を伸ばしてねぇだけだ!」

胸の奥で声が重なった。


―― 「……悪ィ……もう撃てねェ……」

―― 「……幕が下りるのは……もう少し先でございますよ……」

―― 「あなたが……レオンハルトを越えて!」


心臓の鼓動が鎖を軋ませる。木刀が震え、光が滲み出す。

「坊主! 行け! 迷うな!」

師匠の声に押され、俺は一歩を踏み出した。


柄に手を伸ばした瞬間、冷たい感触が指先に宿る。

同時に鎖が砕け散り、木刀の表皮が裂け、内側から白銀の刃が迸った。

鍔は花弁を象り、花片のような光が宙を舞う。


「――『月下美人』」

名を肯いた瞬間、闇が爆ぜ、夜が白に染まった。


だが同時に、地平から赤黒い奔流が吹き上がる。

血の花弁が嵐のように押し寄せ、俺を呑み込もうとする。

見た瞬間にわかった。これが本当の『ヒガンバナ』...。


「チッ……やはり来やがったか!」

師匠が吠え、両腕を広げて奔流を押し止める。

赤黒い光を掴み、背筋を反らせて必死に押し返す。


「リオール! 振り返るな! 花を握れ!」

「師匠!」

「よく聞け! 『月下美人』は夜に咲く花だ。咲けば莫大な力を得られるが、一夜で枯れる!だが棒切れと花は繋がってる!普段は木刀、決める時は花――お前は選べるんだ!」


奔流が唸りを上げ、師匠の輪郭を呑み込んでいく。

「心配すんな! 死にゃあせん! だが……ここで全力を尽くす。押し出されるのは俺の役目だ!」

豪快に笑い、師匠は光に沈んでいった。

そして、世界が白に弾けた。



砂に伏していた木刀が震え、白銀の刃を顕した。

黒髪の端が白く染まり、瞳は月を映したように淡く輝く。

頬を撫でる風が白い紋を浮かべ、消える。

花弁の光が宙を舞い、俺の姿を幻想的に包んだ。


白銀の刃を握り、俺は静かに立ち上がった。

舞う花弁の光が視界を覆い、音も色も研ぎ澄まされていく。


覇剣が唸りを上げ、正面から振り下ろされた。

王の一撃...誰もが避け得ぬ圧倒の斬撃。

だが俺の眼には、砂粒が零れ落ちるよりも遅く映る。


一歩。自然に身体が動く。

白銀の刃が覇剣を受け止め、澄んだ金属音を奏でた。

火花と共に光の花弁が散り、闘技場が一瞬だけ白に染まる。


「止めた……!?」

観客席からざわめきが走る。

「覇剣を……押している……!」


レオンハルトの眉が僅かに動いた。

だがその瞳は冷静に、そして確かに俺を見据えている。


二撃目。覇剣が横薙ぎに迫る。

それもやはり緩慢に映る。

刃を滑らせて受け流し、返す一閃で砂を大きく抉った。

白い花弁が散り、夜に咲く花のように光が揺れる。


「……っ」

王の足が半歩だけ下がる。

互角ではない――今、押しているのは俺だ。


「リオール……!」

観客の誰かが名を叫ぶ。

その声が波紋のように広がり、闘技場全体を揺らす歓声となった。


俺は呼吸を整え、白銀の刃を下段に構え直す。

「……レオンハルト。」

その名を静かに呼ぶ。戦場に立つ一人の敵として。


レオンハルトは瞳を細め、口元を僅かに吊り上げた。

「なるほど……これがお前のヴェルディアか。だが...。」


覇剣が低く唸り、王の覇気が再び膨れ上がる。

砂塵が吹き飛び、観客の声が悲鳴に変わる。

「まだ終わらぬぞ。」


胸の奥で三つの鼓動が重なる。オルテア、アレクセイ、ヴァレリス。

そのすべてを背に、俺は刃を握り直す。


「来い、レオンハルト。」

「参れ、リオール。」

花弁が舞い、光と光が衝突する刹那――

闘技場全体が震え、学園最強を決する本当の戦いが幕を開けた。

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