絆と忠義
「開始!」
合図とともに鐘が鳴る。会場の熱気は既に最高潮を迎えている。
そして...
「……『グラディオラス』よ、忠義を示せ。」
低く告げた瞬間、空中に四本の剣が展開された。
塔盾を模した厚刃。
大槌の重さを宿した幅広剣。
残像を引く双短剣のような細刃。
—そして中央に浮かぶ、威厳と重圧を放つ王剣。
噂には聞いていた...レオンハルトの『グラディオラス』。
本数に制限はあるらしいが...自身に忠誠を誓った者のヴェルディアの権能の一部を借り受けた剣を生成できる。
臣下の能力を借りる、まさに王を体現したようなヴェルディアである。
アレクセイが外套を翻し、トランプを一枚指先から飛ばす。
「観客の皆様! 主演は王と挑戦者! 道化はただの脇役にございます、どうぞ最後までご贔屓に!」
観客席から歓声が湧き上がる。アレクセイの言葉によって、戦場が『舞台』へと書き換わる。
俺は木刀を握り、呼吸を整えた。
「参る!」
最初に動き出したのは護衛のうちの一人、グラウコスだった。
形状は盾...シールドバッシュか?
「王に近づかんとする者よ。まずは我を討ち取ってから行くことだ。『アガベ』!」
その瞬間、その塔を彷彿とさせる盾がランスへと変貌した。
「なっ!?」
受け止めるが、強い衝撃が俺を襲う。
これが王の護衛。攻守一体のヴェルディア。
そう考えていると...背筋に冷たい殺気が走った。
木刀で弾くが、すぐさまもう一度厚刃の剣が横薙ぎに叩きつけてきた。
間違いない。これはレオンハルトの剣!
「……っぐ!」
二方向からの圧力。腕が痺れ、息が詰まる。
「王に届かんとするなら、この壁を破れ!」
その眼差しは真っ直ぐで、一片の迷いもなかった。
武士道...忠義を体現した護衛。その姿は、力以上の重さで俺を押しつぶしてくる。
轟音。
振り返れば、ライサンダーの大槌が地を割っていた。
「ハッハッハ! どうした、まだ足りんぞ!『ダリア』!」
笑い声と共に振り下ろされる豪槌。その後を追うように幅広剣が同じ軌道を叩きつける。
「……二本の槌を相手取ってるようなものね!」
ヴァレリスが剣を炎で包み、軌道を逸らす。
だが王剣が僅かに軌道を補正し、掠っただけで頬が切れた。
「……兄上に辿り着くためには、アンタたちを越えなきゃいけない!」
その声はライサンダーに向けられていたが、
燃えるような眼差しの先には、中央で静かに戦場を見据えるレオンハルトの姿があった。
観客の悲鳴と歓声が入り乱れる。
その混乱の中、さらに速い影が駆け抜けた。
「さあ、もっと踊ろうぜ!『デルフィニウム』!」
フェリクスの残像が三つ、四つ。双短剣と細刃の剣が交錯し、死角から迫る。
「フフ……観客の皆様! 幻か残像か、それとも忠義の剣か! お目を凝らしても見抜けますまい!」
アレクセイが舞台俳優のように声を張り、カードを飛ばす。
幻影が残像に紛れ、虚と虚が重なり、観客すら目を奪われた。
「面白れぇ……だが、当たったら洒落にならねぇんだよ!」
フェリクスは短剣を翻し、軽口を叩きながらも狙いを外さない。
遊ぶようでいて、忠義の剣と完全に連動していた。
その混沌を切り裂く鋭い音。
「『アルテミス』!そらよ!」
オルテアの矢が放たれる。
彼女の『アルテミス』は近づかないと見えない矢を飛ばす。
射られた瞬間は姿を見せず、目に映った時には目前。
「チッ!」
フェリクスが舌打ちし、間一髪で短剣を合わせる。だが頬に赤い筋が走った。
「見えねぇ矢……厄介だねぇ!」
「ハッ、当たるまで気付かねェのは最高に愉快だろォ!」
オルテアは挑発をやめない。
彼女の矢は仲間を狙う王剣の軌道を遮り、味方の背を守る要でもあった。
四方八方で繰り広げられる戦い。
槍と盾を切り替え続ける壁の護衛。
地を割る豪槌と幅広剣の二重衝撃。
残像と細刃の斬撃が舞台をかき乱し、
そこに不可視の矢が割り込み、王の剣が全てを補完する。
激突の音が重なり、闘技場の空気が揺れる。
最初は一対一で始まったはずの戦いも、忠義の剣と王剣が動きを補完するにつれ、境界は曖昧になっていった。
リオールが厚刃を受け止めた刹那、横合いからライサンダーの大槌が唸りを上げる。
「くっ……!」
防ぎきれぬと悟った瞬間、ヴァレリスが炎剣で割り込み、衝撃を逸らした。
だがその背を王剣が狙い、鋭い軌跡が走る。
「させるかよ!」
オルテアの矢が間に割り込み、王剣の刃を弾く。
矢は一瞬しか見えず、観客席から驚きの声が上がった。
「舞台というのはこうでなければ!」
アレクセイが笑い、トランプをばら撒く。
幻影が走り出し、仲間と敵の残像が入り乱れる。
視界はさらに混沌を極め、誰が本物で誰が幻かすら分からない。
「まとめて叩き潰すぞ!」
ライサンダーが豪槌を振り上げ、
「壁は砕かせぬ!」
グラウコスが盾を構えて突撃する。
護衛二人と忠義の剣が一斉に動き、戦線を押し潰そうとする。
「全員で来るってか……!」
リオールが木刀を握り直し、ヴァレリスと肩を並べる。
その背後では、幻影と矢が絡み合い、死角を埋めていた。
一対一はもう成立しない。
四人対八人。いや、十人以上が入り乱れるかのような乱戦が幕を開けた。