試合前、控え室にて。
「あァん?『グラディオラス』っていやァ、クランのカシラ張ってるところじゃねェか?」
オルテアが椅子にふんぞり返りながら吐き捨てるように言った。その声には緊張ではなく、不敵な笑みを含んだ響きがあった。
俺は静かに頷いた。事実、『グラディオラス』はこの学園の全クランを統括している。俺たち『ナルキッソス』を除くすべてを束ねる存在であり、下部組織の取りまとめも担っている。つまり、彼らは学園における実質的な頂点だった。決勝で彼らが立ちはだかるのは、ある意味で必然だ。
「フィナーレにふさわしい相手だ...そうでしょう?」
アレクセイが芝居がかった仕草でトランプをシャラシャラとめくる。いつもの軽薄な笑みを浮かべてはいるが、その眼光だけは真剣そのものだった。冗談を交えていても、彼は勝負となれば一切ふざけない。
「やっぱり来るわよね……」
ヴァレリス...アウリオン・ルクレティア・ヴァレリスが低く呟く。その声音には、静かな決意と微かな震えが混じっていた。彼女にとって『グラディオラス』は特別だ。十数年もの間、優勝を譲らなかった王者。そしてそこには、彼女が絶対に負けられない相手――実の兄、アウリオン・ルクレティア・レオンハルトがいる。
兄妹として育った日々が脳裏をよぎる。だが彼女は、試合の場で「兄上」と呼ぶことをやめるだろう。王族としての誇りを胸に。その距離が、彼女の覚悟の証明だ。
「この勝負、俺たちが勝つぞ!」
俺は迷いなく声を張った。仲間の視線がこちらに集まる。オルテアの口元が吊り上がり、アレクセイの目がさらに鋭く光り、ヴァレリスは小さく頷いた。
控室の空気は一瞬で変わる。
緊張は熱へと転じ、決意の炎が燃え上がった。俺たちは寄せ集めではない。ここまで共に戦い抜き、互いを信じる仲間となった。
「必ず勝つ」
その思いが全員の胸に刻まれた。相手が学園の頂点であろうと、王族を戴く最強のクランであろうと関係ない。
勝利は俺たちが掴み取るのだ。
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静謐な空気が支配する控室。
レオンハルトは椅子に腰掛け、ゆっくりと目を閉じて呼吸を整えていた。その姿は威厳に満ち、しかし傲慢さはなく、ただ誠実に勝利を求める王の風格が漂っていた。
「……相手は『ナルキッソス』か。ヴァレリスがいる以上、容易な戦いにはならぬだろう」
低く響いた声に、護衛たちは一斉に姿勢を正す。
「レオンハルト様」
グラウコスが膝をつき、深く頭を垂れる。
「妹君とて、己の覚悟を持って挑むのであれば、私情を交えるは無礼。
我らはただ盾となり、王の道を守り抜きましょう。それこそが忠義にございます」
武士道を体現するその声音は、控室の空気をさらに引き締める。
「ハッハッハ! そいつは燃えるな!」
ライサンダーが大槌を肩に担ぎ、豪快に笑った。
「王の妹だろうと敵は敵! 俺の槌は遠慮なく振るわせてもらう! もちろん命までは奪わんがな! 王の栄光を示すためだ、容赦はせん!」
「やれやれ……豪快だね」
フェリクスが短剣を弄び、飄々とした笑みを浮かべる。
「でも心配はいらない。俺が影の刃となって、どんな死角も塞ぐ。王は正面だけを見据えてくれればいい」
軽口に聞こえるが、その声の奥に忠誠と覚悟が潜んでいた。
レオンハルトは三人の言葉を受け止め、ゆっくりと目を開いた。
「……頼もしいな。我が護衛たちよ。
妹よ、学園よ、そして民よ。
この剣は誠実に振るわれ、勝利をもって未来を示す。
共に来い。覇剣の随伴者として、我と舞え!」
その瞬間、四人の結束は揺るぎないものとなった。
最強のクラン『グラディオラス』。
彼らが立ち上がる姿は、まさしく王とその親衛だった。
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重厚な鐘の音が鳴り響いた。
それは決勝戦の始まりを告げる合図。観客席を埋め尽くした生徒たちが一斉に立ち上がり、ざわめきが波のように広がる。
最初に姿を現したのは俺たち『ナルキッソス』だった。
決して派手さはない。だが、ここまで積み重ねてきた絆と闘志が、歩みの一歩一歩に宿っている。
オルテアが不敵に笑い、アレクセイはトランプを指先で踊らせる。ヴァレリスは真っ直ぐに前を見据え、俺もまた迷いなく進んだ。
観客の中には驚きの声もあっただろう。まだ結成されて3ヶ月のクランである俺たちが、この舞台に立っている。その事実こそが、すでに一つの証明だった。
やがて反対側から人影が。
空気が震えたのを肌で感じた。
現れたのは、王族を戴く最強のクラン、『グラディオラス』。
先頭を歩むのは、アウリオン・ルクレティア・レオンハルト。
その姿は威厳に満ち、歩みはまるで王が玉座へ向かうかのような風格を漂わせていた。
その背後には、三人の護衛。武士道を体現する盾のグラウコス、豪快に大槌を担ぐライサンダー、軽妙に短剣を弄ぶフェリクス。
彼らの立ち姿には一切の隙がなく、まさしく「王を守る親衛」であった。
観客の声援が爆発する。
「グラディオラスだ!」「今年も王者の入場だ!」
その歓声を浴びても、レオンハルトの表情は変わらない。誇りと責任を背負う者だけが持つ静謐な眼差しで、ただ前方、俺たちを見据えていた。
その視線を受け、ヴァレリスが一瞬だけ立ち止まる。
だが、すぐに顔を上げると、兄ではなく「敵」として視線を返した。
二つのクランが中央で相対した瞬間、闘技場全体が震えるような熱気に包まれた。
ここに...学園最強を決する戦いの幕が上がる。