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データ収集、実験開始

「2戦目の相手は...『ラヴァンド』か。」


「あ!私知ってるよ!そこってヴェルディアの研究をしてるとこだよね!」


そう、イゾルデの言うように、『ラヴァンド』は主にヴェルディアの研究をしている。

そのため、自身のヴェルディアの能力を正確に把握することが可能になったり、使い方も洗練されている。


2回戦にふさわしい相手だ。だが、ここで負けるわけにはいかない。


闘技場に足を踏み入れると、既に『ラヴァンド』の選手たちが集まっていた。


「...白衣?」


彼らは俺たちに気づくや否や、白衣のポケットから小さなノートを取り出し、まるで標本を前にした学者のような目つきでこちらを観察し始めた。


「被験体No.3014、歩幅リズムに誤差あり!これは訓練の影響か、それとも生まれつきか…ふふふ、論文が一つ書けそうだ!」


「…副主任、声がでかい。こっちはただ観察してるだけで恥ずかしいのよ。」


「ええ~?だって貴重なデータだよ、リリア君!」


「ルキウスがやってるならボクも記録するー!No.3015、視線の動きがめちゃくちゃ速い!猫みたい!…うん、猫って書いとこ!」


「…ジェム、実験対象に動物比喩は禁止。精度が落ちる。」


「へぇ~ブルーノ、しゃべった!珍しい!」

……闘技場に響く声は、戦う前の敵というよりも研究室の雑談にしか聞こえなかった。

だが、全員がヴェルディアに手をかけているのを見れば、それが冗談では済まないことも分かる。


「さぁ、『満開クラス』との交戦実験……始めようか!」


ルキウスが白衣を翻し、嬉々とした声で号令を上げた。

それと同時に、開始の合図が響き渡る。


イゾルデが遮蔽を作り、ザミエルが魔弾を撃ち、俺とオーウェンで前線に出る。初動の動きは完璧だ。


オーウェンは拳を叩き込み、巨躯のブルーノを後退させる。

義手の硬さに怯むことなく、何度も拳を重ねて押し込んでいく。観客席からどよめきが上がった。力比べなら、オーウェンの方が上だ。


その拳は正面からぶつけ合うだけでなく、細かく角度を変えて義手の可動域を封じる。殴られるたびに、ブルーノの足が石畳を削り、後退する音が響いた。

巨体に押されるどころか、逆に圧倒している光景に観客はさらに盛り上がる。


だがブルーノは表情一つ変えない。ただ「観測……出力上昇。記録」と淡々と呟くのみ。砕けた石の上で踏ん張る彼の瞳には、戦意ではなく冷たい観測の光があった。


俺は長杖を持った女子……リリアを狙う。鋭い木刀の一閃に、彼女は杖を傾けて軽やかにかわす。

「No.3014、肩に力が入りすぎ。」

冷たい声が返ってきた。少し苛立ちそうになるが、心を静める。


事実、彼女は後退している。俺の斬撃を受け流しては一歩下がり、さらに一歩下がる。

木刀を振り込むたびに杖がしなる。小枝のように見える動きの裏で、確実に彼女の足取りは押されていた。


だが、その眼は攻撃をかわすよりも観察を優先しているようにしか見えない。

「観測データ、問題なし。」


イゾルデは棘を生やし、ジェムを追い詰めていく。

大地から伸びる棘の群れが音を立てて広がり、ジェムの逃げ場を塞いでいく。


戦斧が振り下ろされるたび、衝撃で石畳が割れ、棘が弾ける。ジェムはその間をひらひらと舞うように逃げていくが、後退の軌跡は明らか。


「わー!すごいすごい!棘の生成、0.7秒!」

記録を取る手は止まらない。追い込まれていながら、目を輝かせてメモを走らせる姿は異様ですらあった。


イゾルデの斧の柄を握る手にさらに力がこもり、次の一撃がジェムのすぐ背後を切り裂いた。

ザミエルの射撃は正確無比だった。プログラム通りに魔弾が放たれ、複雑な弧を描いてルキウスを包囲する。


「おおっ……反復パターン、収束率89%!」

ルキウスは汗を滲ませながらも、避けるたびにノートへ走り書きする。

弾道を避け切った時には白衣の裾が焦げ、額から汗が滴っている。それでも口元は楽しげに歪んでいた。

ザミエルの眉がぴくりと動く。


「……避けるのは上手いな。」


だが立場は明らかに不利。狙い撃ちされ、囲まれ、じわじわと領域を狭められていた。


全員が全員、押している。観客席には「これは勝ったな」と楽観的な声が広がった。

だが……胸の奥に嫌なざわつきが残る。


研究されている。


手応えを感じながらも、同時に獲物として調べられている感覚が抜けない。オーウェンが拳を振るうたび、俺が剣を振るう度、イゾルデが棘を生やすたび、ザミエルが引き金を引くたびに、敵の目が光る。


恐怖ではない。焦りでもない。純粋な興味と好奇心に満ちた、学者の目。

あの視線の奥にあるのは「勝ち負け」ではなく「記録」「発見」「検証」。

一歩押すごとに、俺たちは勝利に近づいているのではなく、むしろ研究の深みにはまり込んでいるような錯覚すら覚えた。


観客の熱狂は高まっていく。

誰もが「このまま押し切れる」と信じて疑わなかった。俺自身も、剣を振るう手に確かな手応えを感じていた。


だが、敵の瞳は決して曇らなかった。

汗に滲んだ額も、石畳を削る後退の足跡も、敗北の兆しではなかった。


「……十分だな。」

ルキウスの小さな声が響いた。


ぞくりと背筋に冷たいものが走る。


研究は終わった。今から『実験』が始まる。

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