張り詰めた沈黙、雷鳴の歓声
開幕式が始まる直前の学院は、普段の活気とはまるで違っていた。
いつもなら訓練場から怒号や掛け声が響いているはずなのに、今日は耳に届かない。代わりにあるのは張り詰めた沈黙。風が吹いただけでも全員の神経が震え上がりそうな、そんな空気だ。
俺たちの教室も例外じゃない。ざわめきは抑えられているけど、皆の胸の内にある緊張は隠しようがない。
「……で? つまり私たちが一回戦で当たる『ペオニア』って、どんな連中なわけ?」
教室中央でヴァレリスが腕を組んで問いかける。いつもの鋭い瞳は、普段以上に戦場を見据えるものになっていた。
「治安維持を担っている。街の揉め事を実力で収めるのが仕事だ。つまり、実戦経験が豊富……油断はできない」
答えたのはザミエルだ。机に肘を突いたまま、静かに言葉を落とす。
彼の声は無駄がなく、重みがあった。寡黙な射手の言葉はそれだけで説得力を帯び、場を支配する。
「そ、そんな……ぼ、ぼく、一回戦なんですよね……? 足引っ張らないかな……」
不安げに震えるペイル。顔色が悪く、今にも倒れそうなほどだ。
そんな彼の肩を、オスカーが軽く叩いた。
「いやぁ、大丈夫大丈夫。ペイル君が裂け目を開けば、僕がちょっと面白いことをしてあげますよぉ?」
「ぼ、ぼくは舞台に立ってるつもりじゃ……」
「舞台だろうと戦場だろうと、結局は観客の心を掴んだ方が勝ちなんですよ?」
相変わらず胡散臭い笑みを浮かべるオスカー。その言葉に、アレクセイが大仰に両手を広げてかぶせてくる。
「フフフ……同感ですとも、相棒。ワタクシたち道化は舞台を盛り上げるために存在するのですから!」
「お前らァ、本気でやる気あるのかァ!?」
椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がったのはオルテアだ。声は怒号のように響き、張り詰めた空気をさらに揺さぶる。
「相手はこの街の治安を守ってる連中だぞォ!? 小細工だけで勝てる相手じゃねぇ!」
「小細工がなければ大勝利もないでしょう?」
アレクセイはひらりとトランプを指先で弄び、挑発的に笑った。
火花が散りそうになるその空気を、アラエルが和やかな声でやわらげる。
「まあまあ……オルテア、そんなに声を荒げないの。勝つためにみんな必死なんだから」
「だるい~……でも勝ちたい~……」
ヴァインが机に突っ伏したまま小さく呟く。怠惰そのものの姿だが、彼女が戦えば一変することを俺たちは知っている。
「ま、とにかくさ」
イゾルデがぱっと立ち上がり、明るい声を響かせた。
「不安でも、俺たち全員で挑めばきっと勝てる! ね、リオール君!」
教室の視線が一斉にこちらへと向けられる。
俺は深呼吸して、短く答えた。
「……ああ。勝とう」
その瞬間、校舎全体に放送が響き渡った。
『――参加クランはただちに集合してください。開幕式を開始します』
ざわめきが一気に高まり、全員が立ち上がる。椅子のきしむ音、机がわずかに揺れる音さえも、胸の鼓動に同調していた。
「よし……行くぞ!」
オーウェンが拳を打ち鳴らし、力強く声を張り上げる。
「リオール! 今日も頼りにしてるぞ!」
彼の笑顔は、緊張をもろとも砕くほどの力を持っていた。心臓の奥で渦巻いていた不安が、不思議と消えていく。
……やっぱり、こいつはすごい。
皆の視線が自然と同じ方向を向いた。
不安も恐れもある。けど、それ以上に全員の胸には「勝ちたい」という確かな想いが燃えていた。
俺たちはそれぞれの感情を抱えながら、教室を後にした。
廊下を抜けると、視界に広がったのは人の波だった。
各クランの制服や紋章が一堂に会し、色とりどりの花が咲き乱れているみたいだ。けれど、その華やかさの下に流れているのは、間違いなく緊張と殺気。息を吸うだけで喉が焼けるほどの圧迫感だった。
石畳の道を進み、大広間へと入る。そこが開幕式の会場――円形闘技場を思わせる造りで、中央には巨大な舞台が据えられている。観客席に座るのは教師や上級生たち。無数の視線が俺たちを射抜く。
……なるほど、こりゃ見世物ってわけだ。
「おい、あれが『満開』クラスか……」
「全員出るって噂、本当だったんだな……」
ざわつく声が耳に届く。期待か、嘲りか。どちらにせよ関係ない。俺たちはここで勝ち残らなきゃいけない。
やがて、舞台中央に学園長が姿を現す。彼の声が響いた瞬間、空気が一変した。
「諸君。これより、クランバトルの開幕を告げる!」
張り詰めた沈黙。数千もの視線が一点に集まる。学園長の語り口は普段と違い、威厳のあるものになっている。
「栄誉と誇りを賭け、互いの力をぶつけ合う祭典。己の花を咲かせ、限りある時間を燃やし尽くすがよい。さあ――舞台は整った!」
雷鳴のような歓声が響き渡る。観客席が揺れるほどの熱狂。それに混じって、俺の胸も高鳴っていた。
「次に……第一試合。『ペオニア』対『ナルキッソス』!」
ついに来た。会場全体がざわめきに包まれる。初戦から俺たちが注目されていることは疑いようがない。
ペイルたちが舞台へと上がる。彼らの目からは緊張が感じられるが、それと同時に決意も感じられた。
ペオニアの選手たちが姿を現した。鍛え抜かれた体つき、動きの隙のなさ。その視線は警官のように鋭く、俺たちを容赦なく測っている。
ここからが本番だ。負ければ何も残らない。勝てば俺たちの名は学園中に轟くだろう。
――開幕戦。
俺たち『ナルキッソス』の挑戦が、今まさに始まろうとしていた。




