第二話:死のカーテンコールは、微笑みとともに
三日後。帝都の片隅にある、老齢の伯爵邸にて。
「まあ、カミラ様がお越しくださるとは……ご体調のほうは?」
「ええ……お恥ずかしい限りですわ。ごほっ、ごほ……っ」
口元を手で押さえながら、カミラは車椅子に揺られ、客間へと通される。
肌は蒼白、目元には薄い青の隈、震える指先。
誰が見ても、「余命幾ばくもないお嬢様」。
だがこのすべてが――完璧に仕込まれた演技だった。
彼女の目的は、旧家を監視し情報を売る裏稼業に関与している評議員・トゥリスタン伯爵の暗殺。
今日、その“舞台”が整っていた。
邸の奥のサロン。
重厚な調度に囲まれた空間で、カミラは静かに紅茶を口にした。
「……少し、苦いようですわね」
「ああ、それはハーブの調合が強めでしてな。お身体には良いはずですぞ」
トゥリスタン伯爵は満足げに笑う。
彼女の病弱さを気遣う風を装いながら、その実、軽蔑のまなざしを隠していない。
(ふん……こういう男は、自分より弱い存在にしか気を許さない)
だが、その一瞬の“油断”が命取りとなるのだ。
「……失礼、少し気分が……」
カミラはふらつく素振りを見せて椅子から立ち上がる。
「おい!誰か、カミラ様がお倒れに――」
トゥリスタンが声を上げかけたその時、カミラはわざと**“床に崩れ落ちるように倒れた”**。
目は半開き。呼吸も止まりかけ。頬には冷や汗。
仮死状態に見せる薬は、既に服用済み。
体温は下げられ、脈拍はゆっくりと不安定に――まるで、死にゆく病人そのもの。
「か、看護師は!? 誰か来い!」
トゥリスタンがあわてふためく中、カミラは動かぬ体の中で、**唇の裏に隠した“毒針”**を舌先でそっとずらす。
男が彼女に近づき、顔を覗き込んだ瞬間――
カミラの目が一閃する。
「……“ごきげんよう”。汚いごみのお掃除に参りました――トゥリスタン伯」
驚愕と恐怖に染まった男の目の中に、最後に映ったのは、
病人とは思えぬ冷徹な殺意と、陶器のように微笑む仮面の少女だった。
毒針は、心臓の近くに正確に刺さる。
苦悶の声を上げる間もなく、伯爵の体は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「……ふぅ、タイミングは完璧」
床に仰向けになったまま、カミラは自分の呼吸を整えた。
周囲の召使いが駆けつけた頃には、彼女は“何も知らない病人”の顔で目を開けた。
「う……あの、私……?」
「カミラ様、大丈夫ですか!? なんてことだ、伯爵様が……っ!」
召使いらは混乱し、騒然とした空気が広がる。
“病弱な令嬢の訪問中に、伯爵が心臓発作で倒れた”――そう記録されるだろう。
屋敷へ戻った後、侍女クララがカミラの髪を梳いている。
「本当にお見事でした、カミラ様……まるで、舞台女優のようで」
「……演じているのは、“死”だけよ。
本当に死んだのはあの男だけ」
鏡の中の自分が、艶やかに微笑む。
「毒は使わない。標的以外には絶対に」
「それが私の“やり方”。お行儀がいいとは言えないけれど、ね」
その頃――
帝都医務院の個室で、ハロルド・ベイルが診療報告書を静かに閉じた。
「カミラ・フォン・エーデルシュタイン。
心拍の不規則性、体温異常。……しかし、薬物的痕跡なし。演技の可能性……あり」
彼の眼は、まるで獣のように静かに光っていた。