しんじつをみぬくめがね
「その真実を見抜く眼鏡があれば魔王の真実の姿を捉えられます。
どうか勇者よ。その神器の力で世界に平和を取り戻して下さい」
女神様はそう言ってこの神器を俺たちに託して消滅した。
たくさんの人々が犠牲になって、その尊い命の上に俺たちは立っている。生かされている。
以前、俺たちは愚かにも自分たちの力量を見誤り魔王に挑み、そして敗北した。
魔王の幻惑形態に手も足も出なかったのだ。負けた原因は数あれど一番の敗因は魔王の姿をまったく捉えられなかったことにある。
敗走して、己の未熟さを恥じて、レベルをあげて、伝説級の武具を揃えて。
そして一番の難関である幻惑形態を破るべく手に入れた真実を暴く眼鏡。
準備に抜かりはない。
もちろん油断は出来ない。なにせ相手はあの魔王である。己の実力のみで魔界の王に上り詰めた豪傑である。
俺たちがどれほど万全を期してもそれをあざ笑うかのような策を弄してくる可能性は大いにある。
しかし、俺たちはもう引けない。犠牲にしてきた数多くの人々の期待を裏切るわけにはいかない。
期待に押しつぶされて玉砕するつもりは毛頭無い。ただ託された希望に準ずるのみである。
決戦は明日。俺たちは再度魔王城に突入する。
「このミーティングも今回で最期になるだろう。悔いの無いように抜かりなくいこう」
最期の夜、俺たちは作戦会議をしていた。
誰にどの道具を持たせるか? 陣形はどうするか? イレギュラーが起きたときにどう対応すべきか?
思いつく限り、皆が忌憚ない意見を交わし合う。皆の立場に上下はない。人類の悲願のため、託された責務のため、そしてなによりも生き残るため。
時間はいくらあっても足りなくて、でもタイムリミットはあるから、なるべく詰めて完璧に近い所まで持っていっては次の議題へと進む。
夕刻から始めた会議はまだ終わらず、いつの間にか日がどっぷりと落ちてしまった。
「おおよそ決まったな。最期に女神様より給わった神器、真実を見抜く眼鏡の試運転をしておこう」
最期に今作戦最大のキモである神器を試してみようということになった。
女神様曰く、この眼鏡は名前の通りに真実を写すそうだ。
姿を隠していればその姿をあらわにし、隠し事をしていればそれを暴くという。
使い方は簡単で、普通に眼鏡をかけるだけだそうだ。別に魔力を通す必要もない。
神器というのはヒトの命を注げは注いだだけ奇跡を起こすようなものが多いなか、かけるだけでいいというのは少々拍子抜けであるが、ただでさえメンバーの装備である神器に命やら神経をすり減らされているのだからこれはありがたい。
真実を見抜く眼鏡をかけてパーティーの皆を見てみる。
まずは魔法戦士のレビィ。細身でありながら上級魔法と圧倒的な膂力を誇る彼女をレンズ越しに見てみると、そこには紫色の肌、頭から渦巻くヤギのような角が頭から生えているのが見える。
「よし、きちんとレビィの真の姿を捉えている。とりあえずはきちんと作動しているようだ」
裸眼で見るレビィは可憐な少女だが、それは偽りの姿だ。彼女は魔王の娘でかつて父親である魔王が自身の強化の為に妻を、レビィの母を犠牲にしたのが許せなくて離反した。
魔族である彼女がパーティーにいるとバレると色々と面倒なので普段はこうしてヒトの姿に化けてもらっているのだ。
さて、もう少しこの神器の力を試すべくレンズ越しにレビィを凝視する。
ぼんやりとなにかが見えてきた。
攻撃力、防御力、魔力などそれらが数字化して見えてきたのだ。
すごい、さすが神器だ。数字を盲目的に信じるわけにはいかないがこれでおおよそ目算が出来そうだ。
「ん? なんだこの下の方の……、状態異常?」
ふとレビィのステータスの下の方に状態異常と記してあるのに気がついた。
それを凝視し確認する。
魔族レビィドール ステータス異常 洗脳状態。魔王より強い洗脳を受けています、自分の意志でここにいるつもりだが無意識下でコントールされており復讐心も植え付けられた偽りのモノです。
と記してあった。
「は?」
よく見るが、何度見ても標記に読み間違いはない。
この神器を信じるなら彼女は裏切る。それも恐らくこちらにとって最悪のタイミングで。
魔王は実力もさることながら心を摘むような奸計も大好きでやりかねない、というか進んでそういうことをやる。
母親を犠牲にされ憤るレビィが無意識下の洗脳状態?
何度も助けてくれて仲間に種族は関係ないと思わせてくれたレビィが無意識下の洗脳状態?
ぐらりと根底からいろんなものが崩れる音が聞こえた気がした。
「おいおい大丈夫かよ勇者サマよぉ。お前は俺たちの希望なんだ、頼むぜ大将」
剣士のマボロがいつもの軽口で俺をおちょくってんだか気遣ってんだか話しかけてきた。
いやマボロは本当に俺のことを心配してくれているのだろう。
その軽薄な態度や軽口や皮肉で勘違いされやすいが心根は誰よりも熱いヤツだ。
俺と同じ村出身でずっと一緒だった俺の相棒だ。
魔法と剣技どちらも高い水準で使えるレビィとは違ってマボロは剣技だけだが、それでも決して魔法に劣らない数々の武技で何度もピンチを救ってくれたやつだ。
「ああ、すまない。ぼーっとして……た」
戦士マボロ ハジマリ村の村娘アリアと肉体関係にあります。勇者と旅立つ前の晩に強引に性行為に誘い、最終的には襲い、その後、口封じを行いました。
口封じの内容は「許嫁の勇者サマが後ろから刺されるかどうかはお前の口の硬さ次第だなぁアリアちゃん」です。
立ち寄ったあらゆる村、集落、国で強姦まがいの性行を繰り返しては勇者パーティー特権でもみ消しています。
「は?」
ハジマリ村は俺たちの故郷で、アリアは俺の許嫁だ。
それを襲った?
挙げ句に口封じ?
俺を背後から刺し殺す?
トドメに強姦魔?
めまいがする、あと吐き気も。
「本当に大丈夫ですか、顔色が優れませんよ? やはり神器。リスクはないと聞かされていましたがなにか問題がありましたか?」
心配そうにこちらをのぞき込むのは僧侶のホフィだ。
彼女は聖女として一人でも多くの衆人を救うため同行してくれている。
皆の体調管理のために回復魔法はもちろんのこと、滋養にいいメニューを作ってくれたり気分が落ち着くハーブティーなんかも煎れてくれたりパーティーの癒しを一手に引き受けてくれている。
そんな彼女にもなにか隠し事があるのだろうか?
他の二人の隠し事に打ちのめされていた俺は不注意に彼女をのぞき込んでしまった。
僧侶ホフィ。邪教ボブラノディグウの殉教者。
崇拝する邪神ボブラノディグウを復活させるために地脈にマジックアンカーを打ち込むべく暗躍しています。マジックアンカーにより乱れた地脈がもたらす天変地異級の災害をもちろん知っていますが、彼女にとってそんなことは些事です。
邪神ボブラノディグウ復活の際にはすべての生き物を等しく生け贄に捧げて、自分以外すべての生き物のいない世界を
望んでいます。
ああ、ホフィもか。と思った。
思えば命の保証など一切無い、むしろ死ぬ確率のほうが遥かに高いこんな旅に同行しているのだ。リターンに対してリスクが大きすぎる。
腹になにか含んでいないほうがおかしい。
毒を食らえば皿まで、ここまで来たら最期まで。
最期の仲間である大魔法使いアルを眼鏡越しに覗いてみる。
大魔法使いアルティシマ 知識の探求者。最強威力の魔法作製に命を賭けています。最上の知識、最低の倫理観の持ち主です。
人界では魔王の、魔界では勇者の仕業として幾人もの命を実験として称して殺害しています。挙げ句に犠牲者は魔道の礎になれて幸福だと本気で思っています。
コイツもダメだ。俺たちのパーティーにはろくなヤツがいない。なまじ人界での最強クラスというのもその厄介さに拍車をかけている。
裏切り者、強姦魔、狂信者、道徳観が死んでる。
「おいおい、魔王のもとにたどり着く前に死んじまいそうな顔してるぜ、ホラ鏡で自分の顔を見てみろよ」
マボロが俺に鏡を渡してきた。
こんな裏切りを見せつけられて、吐き気が止まらなくて腹の中がグルグルと変な痛みを訴えている俺ははたしてどんな顔をしているのだろう?
いや、待てよ。もしかしてこの真実を写す眼鏡。この神器がおかしいのではないか?
現実逃避かもしれない、でもその可能性を疑わずにはいられない。
壊れているとまでは言わないがなにか不具合が生じている可能性はないだろうか?
例えばだが、これを託した女神様が消えた事により真逆の事を表示するようになってしまったとか……。
目をつぶれば浮かんでくるのはこいつらとここまで来た軌跡。
たくさんの苦労があった。意見が合わなくて衝突とかもした。生死の境を彷徨ったこともある。それでも俺たちは全員無事でここにいる。
お互いがお互いの苦手分野をカバーしあってここまで生きて来れた。
あれらの思い出をぽっと出の神器に否定されたくはない。
俺なら、俺自身なら腹にため込んだモノがわかる。俺のことなら俺が一番わかっている。
魔王を倒し、世界を平和にしたいという目標に嘘偽りはない。それに命を賭けているのも本当だ。
他のヤツに知られたくないことは、本当は俺は怖がりで人一倍死にたくないということと。楽して生きていきたい。
魔王を倒したあと、姫様や各国の美女を囲ってハーレムとかいうヤツをしてみたいということだ。当然アリアに操を立ててはいるから実現させようとは思わない、脳内で妄想するくらいに留めている。
女っ気のない人生を爛れたものにしたいと思うくらい健全な男なら多少は憧れるものではないだろうか? 俺だけだろか?
まぁいい、秘めた想いだ。誰にも吐露するつもりはない。
ともかくとして、俺は鏡越しに自分をのぞき込む。
神器である真実を見抜く眼鏡で丸裸にしてみろよと、いっそ挑戦状でも叩きつけるように鏡の向こうにいる自分をのぞき込む。
勇者マレアド(名前変更可) クライシスクエスト4の主人公。
仲間達と供に魔王暗殺のために旅に出る。
今作からハード変更による容量アップによりシリーズ初のフルボイスです。
またフルボイスの影響からか今までの作品は主人公=プレイヤーの分身というスタンスでセリフは文章のみで「はい/いいえ」くらいでしたが今作はマレアド独自の思考を持たせることで体感するゲームから物語を紐解く方へとスタンスチェンジしました。
これまでの伝統をがらりと変えたため賛否は分かれています。
「は?」
これはなんの情報だ?
誰のことを、何のことを示している?
鏡に映った俺の輪郭に、俺の知らない情報がびっしりと走り続けていた。
プレイヤー?
ゲーム?
意味がわからない。
思わず、あたりを見渡す。
「どうした?」
みんながこっちを見ている?
みんなの輪郭をしたなにかがこっちに体を向けている。
みんなの体の形をかたどった輪郭にひたすらに数字の0と1が走っている。
今まで見えていた世界のすべてが輪郭とそれを支える線で出来ている。そして至る所に数字が生き物のように走っている。
俺は何を見ている?
世界は俺たちの心情など関係なしに美しいモノで、登る朝日に感嘆のため息をはいて決意を新たにしたのに。
そんな朝日も数字と線とみたこと無い文字で構成されている。
俺たちは俺たちの意志でここにいて、やるべき事のために生きてきたし、生きていく。そのはずだ。
でも世界を構成するこの数字をみるたびにそんなのはまやかしで、俺たち在り方は初めから決められていて、それに沿って動かされてきただけだと急に叩きつけられた。
ゲーム?
作り物?
しんじつをみぬくめがね。
こんな世界の在り方を見せつけられて脳がこれをすんなりと受け入れない。
ブチン、とあたまのなかでなにかがきれるおとがした。
たぶんだけど、のうのけっかんがきれたおとだとおもう。
ぐらりとじぶんのからだがかたむくのがかろうじてりかいできて。
どさりとじめんにくずれおちるところまではいしきがあった。
もうなにもわからない。
ゲームオーバー。
バットエンド5 知りすぎた勇者。