弐:そうして私は話を聞いた(1)
「歴史編纂主義者と呼ばれる者たちが現れ、歴史を改竄しようとしている事は先ほど話しました」
確かに、そのような事を言っていた。
なので私は黙って頷いた。
「彼らは、刀剣に禍気を宿らせ、付喪神的な存在を作り上げました。
そして、過去の歴史を変えようと画策し始めまたのです」
「禍気……というのは、神道での二魂の一つ、荒魂と同じと考えても?」
知らない言葉は、できるだけ自分の知っている単語に置き換えたい。
それ以上に……神職もどきとしての、わずかな矜持と多大な見栄が、自分の知っている専門用語を使わせていた。
荒魂…文字通り、荒ぶる魂である。
神の持つ荒々しい側面であり、それにより、天変地異が引き起こされ、悪い病が流行り、更には、人の心が荒廃し争いへ駆り立てられる…。
「神の祟り」と呼ばれる厄災を引き起こす性質の事だ。
「おおむね、合っております」
黒服の男は頷いた。
「ですが、神の持つ性質であれば、祭事で治めることができるでしょう。
祟り神は祀り上げれば良い」
そんなに簡単なものではないが…
まあ、まあ、輪郭としては確かにそう言えるかもしれない。
「ですが、禍気は違います。確かに人の心を荒廃させ争いへと駆り立てますが、祀り上げたら治まるものではない。
鎮めの詞も、治めの詞も効きはしない」
私たちの存在も、考えも、否定し、破壊してくるもの。
それが禍気であり、禍気を宿した刀剣だという。
そのような禍気を作り出した歴史編纂主義者とは…。
「歴史に『もしも』はありえないのです」
黒服の男は、静かに、しかし断固として言い放った。
「空想する分には構わない。
あの合戦で『もしも』あちらが勝っていたら…。
あの時『もしも』別の選択をしていれば…。
そうやって歴史の“もしも”を空想すること自体は、否定しません。個人で楽しむ分には、です。
――だが」
その『もしも』を実行してしまった場合、どうなるのか。
何もかもが変ってしまう。
科学の進歩も、私たちの住む場所も、私たちの存在そのものも。
「過去に起こった事は変えようがない、変えてはいけないのです。
しかし、歴史編纂主義者たちは、そうは思っていない」
歴史的『もしも』を実現させ、今とは異なる世の中を作ろうとしている。