壱:そうして私は彼らとまみえた(3)
「付喪神、というものは知っていますね」
突然に話の流れが変わった。
「え…ええ。
長い年月を経た『物』に命が宿り、妖もしくは神の類になる、という……」
私の答えに、黒スーツの男たちは、満足げに頷く。
「ときに、あなたや、あなたのご家族が手入れしてきた、この神社の本殿のご御神体は何でしたか」
「剣、でしたが…? 本物の剣ではなく、作り物でしたけれども」
作り物の剣。
うちの本殿にあるご神体。
色あせてしまっていたが、五色の糸で飾られた鞘。
それを抜いてみた事は無いが、おそらく刃は潰してある。
いや、そもそも刀身があったのかどうかすら怪しい。
柄と鞘だけの物だったかもしれない。
「レプリカであったとしても、それが、世に名を知らしめた刀を模造した物であったのでは?」
そう言われても、私にはわからない、と首を振ってみせる。
普通に考えると、三種の神器の一つの、天叢雲剣…草薙剣と言う方が良いのだろうか…模したものになるのだろう。
けれど、ここにあったものは短刀程度のものだった。
いわれも不明で、祖父に聞いても答えられないだろう。
「なるほど…」
黒スーツの片方が、少し考え込んだようだった。
サングラスの所為で、表情が見えない。
「我々は、審神者となるべく者を探しています」
またわからない言葉が出て来る。
サニワ?
埴輪――ではなく?
いや、それなら古墳の話か。
この丘が小さな円墳だという噂もあった。埴輪が出土してもおかしくないかもしれない。
だが、彼らの言う“審神者”は、それとは意味が違うようだった。
「審神者とは、物に思いを与え、心を目覚めさせ、戦う力と姿を与える存在です。
物を付喪神にする事できる力のある人の事を、そう呼んでいます」
物を、付喪神にする事ができる…?
そんな事が人間にはできないと思う。
それは……神様が与えるものなのでは…。
「ずいぶんと……、その、オカルトめいた話、ですね」
疑念を隠せぬまま、私はそう答えた。
彼らが新興宗教か何かの関係者なのではないかという考えすら、頭をよぎった。
——あるいは、布教活動の一環で、社を“消してみせた”のではないか……?
……そんなことまで考え始めていた。
「今、この場ですべての話を理解してもらおうとは思っていません。
むしろ疑ってもらっていた方がやりやすい」
ますます私の疑念は膨らんだ。
ふと時計に目をやった。
こんなやり取りをしていて、職場に遅れてしまわないか気になったのだ。
だが、そこで私は思わず目を見開いた。
……時間が全く経過していない。
鳥居をくぐってから、時計の針が一切動いていない。
これは、何かのトリックか?
この“時の政府”の仕業か?
私は険しい目で、目の前の二人を見据えた。
「時間が経っていない事に気が付かれたようですね。
そう。
今 ここの 時は 止まっています」
噛んで含めるように、一言、一言、区切ってそう言われた。
ハッとして空を見上げる。
鳥が、空中で羽ばたきを止めたまま、空で止まっている。
…そういえば、さっきから鳥の声一つせず、妙に静かだった……
我知らず、力を込めて握っていた竹ぼうきが、スルリと手から落ちた。
カラン、という乾いた音がする。
この朝、初めて聞いた、“音”だった。
「話を最初に戻しましょう。
ここの神社が、跡形もなく消えているわけを」