漆:そうして私は審神者を理解した
私は、目の前がじわりと暗くなっていくような感覚を覚えた。
「だから……審神者、という存在が必要なのですね?」
「そうです。剣を、刀を、正しい形で目覚めさせ、真の守り手とする。
あなたには、その力がある可能性が高い」
私は、首を横に振ろうとして、しかし、止めた。
確かに私は、毎日、社に手を合わせてきた。
掃き清め、拝礼し、草を抜き、時に小さな虫すら逃がしてきた。
子どもの頃は、訳もわからず社の中に入って祖父に叱られた。
私の日常にあり、私がどこにも行けぬよう、ここに縛りつけるものでもあった。
それが――
禍気というものに利用されたというのなら。
ならば、ご神体ごと壊し、ここがなくなってしまえばいい…。
家族の思い出とともに、私を縛るものをなくしてしまおう。
その時の、そのほの暗い想いは、果たして彼らの望む審神者の姿なのか、否か……。
「……私は、何をすればいいのですか」
私は、自分の思いをさらりと隠しながら、そう問うことができた。
黒服の一人が、胸元から何かを取り出した。
細長い、蒔絵のような文様が描かれた小さな箱。
その中から、掌ほどの大きさの、透き通るような玉が現れる。
「これは、“兆し”を映す御霊のかけらです。
これに、あなたの想いが映るかどうかで、審神者としての適性が測れます」
私は、それを受け取った。
ほんのりと温かい。
まるで、誰かの掌のようだった。
「映ったとして、私がその“力”を持つ者だとしたら。
そのあと、どうなるのですか」
「あなたは、刀たちを呼び、目覚めさせる者となる。
今度は、正しく、正しく生まれ直させるのです。
歴史を守るために、あなた自身が、“物語”を紡ぐ存在となる」
そのとき、手の中の玉がかすかに光った。
それは、穏やかな色だった。
夜明け前の空のような、濡れた薄青。
「兆し、あり」
そう、黒服の男が言った。
静寂の中、止まっていた時間が、ゆっくりと動き出すのを私は感じた。
雀が鳴く声。
葉の擦れる音。
空を飛んでいた鳥が再び羽ばたき、御社も変わらず、そこに――
…いや、御社はやはり、消えたままだ。
だが、その跡地に、小さな光が揺れていた。
まるで誰かの魂が、私を見つめているかのように。
「それでは、行きましょうか、あなたの”本丸”へ」
黒服の男たちの背後に、得体のしれない楕円形の白い光が見える。
彼らはその光をくぐって行こうとしていた。
彼らの言葉に促されるよう、私は一つ頷き、ついて行く。
手にした玉は、わずかに光を放ったまま、ほんのりと温かさを伝えてきてくれていた。