第6章 議事録と選挙ポスター
交研を去ったあとの私は、あまりにも静かな時間を過ごしていた。何も追わなくていい生活。責任も役職もない日々。
──でも、やっぱり、空虚だった。私は、交研でやっていた仕事のいくつかを、ふとした拍子に思い出すようになった。Slackに貼った締切リマインド、印刷所との確認メール、合宿交通表、OB会の名簿、編集用のInDesignファイル……。一つひとつは小さくても、それらが「自分の場所」だった。私は、自分がどんなにその場所にしがみついていたのかを、あとになって知った。
ある日、資料整理をしていたとき、クラウドに残っていた古い「議事録ファイル」を開いた。──幹事長選挙の議事録。あの日、自分が壇上で語った内容が、文面として淡々と記録されていた。その横には、選挙管理委員が撮った「選挙ポスター」のスキャンデータもあった。自分の名前と、小さな顔写真、そしてスローガン──「すべての会員が、発言できる交研へ」それを見た瞬間、息が詰まった。自分は、こんなことを掲げていたのか。今の私は、誰にも何も語っていない。語る場所も、聞いてくれる人も、もういない。それでも、ファイルを閉じることができなかった。あの頃の私が、滑稽で、でも愛おしかった。たった一枚のポスターと、A4の議事録データ。その中に、かつての私の全てがあった。
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同じころ、大学の構内ですれ違ったのは、1年上のあの先輩だった。追いコンの席で、「次の幹事長は小野寺で決まりでしょ」と、何気なく言っていた人。その言葉が、私の闘志に火をつけたのだった。
目が合いそうになって、私は思わず目を逸らした。向こうも一瞬こちらに気づいたようだったけど、何も言わなかった。そして私も、何も言わず、その場を離れた。声をかけられたら、どう返せばよかったのか、今でもわからない。
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そして私は、交研に在籍していたころから使っていたTwitterの非公開アカウントも、削除できずにいた。当時は、幹事長選挙の活動報告や、日常の記録、ちょっとしたぼやきなんかも、普通に発信していた。鍵はかけていたけれど、それはただ“気軽に書くため”の設定で、いわゆる裏垢という意識はなかった。
それが今では、更新はすっかり止まってしまっていた。でも、ログアウトはしていなかった。ROM専として、私は静かにタイムラインを追っていた。ときどき、そこに「透子さんっぽい人、○○で見かけた」なんてつぶやきが流れてくる。文脈からすぐ私のことだとわかるような、そんな投稿。目撃情報。それが嘘でも本当でも、私の存在がまだ誰かの意識に残っていることが、ほんの少しだけ、救いだった。
戻るつもりはない。でも、完全に忘れられるのも、やっぱり怖かった。そんなふうに、私は交研から離れながら、まだ完全には手放せずにいた。




