第5章 空白と誇り
退会届を出したのは、総会の翌日だった。
「退会理由は?」
事務担当の先輩が、少し戸惑ったように尋ねた。
「──公約なので」
それだけ言って、私は部室を後にした。もう、戻る理由もなかった。
翌週から、私は交研のSlackもメーリングリストもすべて抜けた。その分、大学の授業にもっと集中するようになった。交研がなくても、大学生活は続いていく。ゼミ、授業、試験、就活……それらに埋もれるようにして、私は“鉄道のない毎日”に自分を慣らしていった。
けれど、心の奥にはずっと、重たい空洞があった。総会の夜、ビッグサイトで泣いた記憶は、いまだに胸のどこかをしこりのように締めつけていた。私が敗れたのは、小野寺俊輝だった。副幹事長選でも負け、幹事長選でも負けた。しかも、その幹事長の座には、私が恋した先輩──葛城柚子も座っていた。
彼女は、その総会で“勇退”した。静かに、拍手に包まれながら壇を降り、「次の代、がんばってね」と笑っていた。その姿は、すがすがしかった。まるで、役目を終えた人の、立派な退場のようだった。
──でも、私は違った。誰に惜しまれるでもなく、何かを成し遂げた実感もないまま、「負けたから退会します」と言って、勝者の背中を見送って、ひとり、交研を去った。
小野寺に負けたのは仕方がない。でも、柚子先輩が幹事長になれて、私がなれなかったという事実だけは、何度思い返しても、どうしても受け入れられなかった。
自分は間違っていなかった。あれほどまでに、全力で交研のために動いた人間は、他にいなかった。──でも、評価されるのは、そういう人じゃない。そう気づいてしまった私は、それ以降、組織というものに期待しなくなった。
ただ、ひとつだけ誇れることがあるとすれば──あの日、総会の壇上で言い切った「退会します」の言葉を、最後まで撤回しなかったこと。逃げなかったこと。それが、あの敗北の中で、唯一、自分に残った「誇り」だった。




