番外編 伊東旅行と執行部への願い
──1年から2年にかけての春休み、交研の旅行班で伊東へ行った。
それは、追いコン直後のことだった。あの追いコンで、ある先輩が何気なく口にした一言──「次の幹事長は小野寺で決まりでしょ」──が、私の胸に重くのしかかっていた。それまでは、副幹事長選での敗北もそこまで深刻には受け止めていなかった。ただ、次の幹事長選で選ばれればいい、それくらいにしか思っていなかったのだ。
でも、あの一言を境に、私の中には悔しさと焦りが膨れ上がった。おまけに、執行部には私のような書記は入れてもらえない。副幹事長の小野寺君や、他の同期の役職持ちの何人かは、すでに執行部として会の意思決定に加わっていた。どの役職が執行部に入れるのか、そんなこと、実際に役職に就くまで誰も教えてくれなかった。
普段あまり顔を出していない会員はさておき、主要メンバーの中で私だけが蚊帳の外──そんな現実を、私は痛いほど自覚していた。このまま何もできずに幹事長選を迎え、小野寺君が順当に選ばれ、私は「ちょっと変わった泡沫候補」としてあしらわれて消えていく──そんな未来が、薄暗く見えていた。
***
伊東での一泊は楽しかった。温泉旅館で過ごし、朝は現地解散の流れだった。葛城先輩も参加していた。先輩は、そのまま伊豆急行線を乗りつぶしに行くと言う。私は迷わず、他に誰も来ないなら先輩と二人きりになろうと決めた。
別に、先輩を独り占めしたいとか、そういう気持ちではなかった。ただ、普段はどこか距離を感じていた先輩の素顔を、少しでも知れるかもしれない──そんな淡い期待があった。
伊東駅から乗ったのは、リゾート21こと2100系電車。普通列車にしては贅沢すぎる車両に、先輩とクロスシートで向かい合い、ぼんやりと相模灘を眺めた。気だるげに車窓を眺めている先輩の姿は、素直に綺麗だなと思った。私は、こんなんで幹事長が務まっている先輩をなぜ好きなのか、あまり深く考えたこともなかった。でもその瞬間だけは、そんな先輩に自分が惹かれてしまう理由が、なんとなくわかったような気がした。
私が途中で買ったアイスを食べようとした瞬間、先輩にカップごと取り上げられた。
「な、何するんですか!?」
思わず声を上げると、先輩はスプーンを手に取り、上目遣いでにやりと笑った。
「透子ちゃん、"そういうの"好きなんでしょ?」
からかうように、スプーンですくったアイスを私に差し出してくる。同じ車両には他に乗客はいなかったけれど、公共の空間でこんなことをされるのは流石に恥ずかしかった。先輩はまんざらでもない様子で、私はドキドキで胸が張り裂けそうだった。行為そのものの恥ずかしさに加えて、本当に好きな人にそんなことをされるなんて──余計に恥ずかしくてたまらなかった。
上田での一件で「葛城×朝倉」カップリングなどともてはやされはしたが、私が本気で先輩を好きだなんて、当の本人はつゆにも思わずなんだろうな──そんなふうに感じていた。でも、もし私の本当の思いが伝わってしまったら、きっと先輩は離れていくだろう。だから、今のまま、片思いのまま、疑似的に二人だけの空間を味わえるこの距離感くらいがちょうどいい──そんなふうにも思っていた。
伊豆急下田駅では、駅前を少し散策し、そのまま折り返した。伊東以南の伊豆急行線を潰せたのは、私にとっても大きな収穫だった。
***
──でも、これで終わるわけにはいかなかった。私は、今日、どうしても先輩に伝えたいことがあった。熱海駅で、先輩は三島方面、私は東京方面に乗り換える。その別れ際、私は自分に鞭打った。本当は、もっと早く言えたはずだった。車窓を眺めながらの雑談、いくらでもタイミングはあった。でも私は、こういうとき、ギリギリまで言い出せない癖がある。それでも──ここで逃したら、もう二度と言えない気がした。
「私も……執行部に入れてくれませんか?」
言った瞬間、心臓が痛いくらいに跳ねた。
先輩の答えは、あっさりしていた。
「他の執行部のメンバーがOKならいいんじゃない?」
──先輩らしい、どこか無責任で、でも優しい答えだった。もちろん、その時点で執行部入りが決まったわけではなかった。その数日後、「前例にない」という理由で正式に却下されることになるのだが。
それでも、私は後悔していない。追いコンでの一言以来、何もできずに鬱屈していた自分が、ようやくひとつ、行動を起こせたのだから。結果は変わらなかった。でも、私にとっては、小さな、小さな勝利だった。




