プロローグ ビッグサイトの海辺に、あの日の涙が残ってる
昼休み、会社のデスクでスマホをいじっていると、写真アプリが“4年前の今日”という通知を出してきた。開いてみたけど、そこには何もなかった。──そうだ。あの日、写真なんて撮っていなかった。撮る余裕もなかった。それどころか、スマホを取り出すのもやっとだった。
場所は、東京ビッグサイトの前の小さな船着き場。私はそこで、ただ一人、海を見ながら泣いていた。
交研──交通研究会。私の大学生活のすべてで、私の青春の中心だった場所。私はずっと、あの会の幹事長になることを夢見ていた。付属高校で模型部の部長をして、幹事長になった卒業生たちの背中を追ってきた。自然な流れだった。そう信じて疑わなかった。
でも、現実は違った。1年秋、副幹事長選に落選した。そして──その同じとき、幹事長には、葛城柚子先輩が当選した。
当時はあまり活動に顔を出していなかったはずの彼女に、なぜか票が集まり、当選が決まった。幹事長には珍しい文学部の出身。それでも、票は彼女に集まった。
私は、彼女のことが、ずっと好きだった。でも、同時に、どうしても許せなかった。──あんな人が幹事長になれて、どうして私は副幹事長にすらなれなかったのか。そんな理不尽な気持ちが、今でも私の中に残っている。
2年秋、本命だった幹事長選に再挑戦したが、あっけなく敗れた。
負けたとき、私は総会の会場を飛び出して、新幹線駅まで歩いた。本気で線路に飛び込むことを考えた。でも、できなかった。その代わりに、たどり着いたのが──あの船着き場だった。
退会してからは、交研とは距離を置いた。でも、勉強にのめり込んで、卒業式で表彰も受けた。社会人になって、都内の企業に勤めている。仕事は真面目にやっているし、評価も悪くない。
だけど、どこか空虚だった。──私は、まだあの時を引きずっている。最近、よく検索してしまう。「社会人 大学 再入学」「サークル 再入会」「学生証 複数所持」──現実的じゃないのは、わかってる。だけど、それでも、私はまだ思ってしまう。
「もう一度、交研に入りたい」
「今度こそ、幹事長になりたい」
たったそれだけの、夢とも言えない希望。でも、その淡い期待が、いまの私を生かしている。