第097話 ああ尊き人間の愛
――誰に問うても明確な回答は得られなかった。
深い眠りの中で先代皇帝は回想する。
――なにゆえ我ら超鳥のみが身命を妖怪全体の繁栄に捧げなければならぬのか。
皇帝試験に不合格なら死刑。
運よく至高の固有能力を生まれ持ったとしても、ただ妖怪皇帝としての職責を全うするだけの一生を送る。
――どれほど身を粉にして統治に努めようとも妖怪は怠惰なならず者である。
身勝手な振る舞いが紛争や汚染など様々な問題を引き起こす。
大陸全土に【魅了━ファスツィナツィオン━】の効果は及ばない。
また常時能力を発動することも体力的に不可能。
どうにか最低限の秩序を保つことしかできない。
そんな生活の中で、ふと疑問が浮かび上がった。
――人間も同じであろうか?
人間の情報を得たい先代皇帝と、妖怪の卵を得たい幕府で利害が一致。
蚊虻教を通じて秘密の交流が生まれた。
――おお、人間には愛がある!
妖怪による殲滅を免れたいがために幕府によって作り出された人間の美談。
先代皇帝はあっさりと信じ込んでしまった。
そして決意する。
――人間の世界こそ理想郷である。吾輩は人間のために妖怪を滅ぼそう。
* *
「……ますか……聞こえますか……」
「……う……」
先代皇帝は目を開ける。
眩いばかりの光。
ここはどこ?
理想郷か?
いや、そもそも自分は息子に討たれて死んだはずでは……。
「なぜ……」
「いいですか、落ち着いて聞いてください。我々は意識不明の重体だったあなたを治療しました。あなたは生きてます」
「……人間……?」
先代皇帝の視界がはっきりする。
目に映るのは数名の人間。
自分は寝台の上でチューブに繋がれている。
「わからぬ……」
首を傾げる先代皇帝。
「敵である吾輩を助ける理由が貴様らにはないはずであろう」
「命に敵味方の区別なんてないです。だから我々は自らの危険を顧みず死地に飛び込んでまであなたを助けました」
「おお……素晴らしい。人間よ、愛に満ち溢れる生き物よ!」
「じゃあそうです」
心にもないことをのたまう人間はヒトフリ。
嘘でないのは、彼が大江戸城の奥深くにあるカラクリだらけの部屋で救命活動に勤しんだこと。
遠巻きに神葉が、そして更に遠くの物陰にリケイカインが控える。
息子の存在には気づかないまま先代皇帝は、
「吾輩は先代皇帝である」
「私は大公・大工部ヒトフリです」
「……む」
その姓には聞き覚えがあった。
「もしやマギの……」
「ああ、あれの父親です」
「なんという奇縁! おお、吾輩は罪深い。自らの都合で貴殿の子息を吾輩の息子としてしまった。今やマギは妖怪皇帝の地位を継承するに至った」
「別にいいですよ」
「えっ……よいのか?」
「あー……まあ、激動の時代ですから。しょうがないと思います」
「慈悲深い!」
人間の愛を疑わない先代皇帝であった。
立場は異なるものの、両者共にマギの親。
尚更ヒトフリに感情移入できるつもりになっていた。
先代皇帝は痛みに耐えながらも姿勢を正して、
「罪の清算と救助の返礼として吾輩にできることがあろうか」
先代皇帝の申し出にヒトフリはにっこり笑顔。
「いえ、別にお礼をしてほしくて助けたわけではないです……けど……」
ヒトフリは逸る心を押さえながら、
「もし可能でしたらお力添えしてほしいことがあります」
そう言って神葉に視線を送る。
神葉は2つの大きな箱を運んでくる。
それぞれ中に人間が入っている。
「私たちにとって大切な人なんです」
ヒトフリは大袈裟なくらい表情を暗くして、
「死にました。我々人類には死者を甦らせるだけの技術力がないです。私の知るところによると、あなたの固有能力は……」
「如何にも【屍術━ネクロマンティー━】である」
「生き返らせてください。どうかよろしくお願いします」
「なんということ……」
「無理ですか?」
「吾輩は人間の愛に感動しているのである!」
先代皇帝は涙を流す。
「吾輩にも理解できる感情である。さぞかし辛い想いをされたことであろう。吾輩がすぐに再会させて進ぜよう」
先代皇帝は即座に能力を発動。
すると、箱の中の2人が目を開く。
「「ああ……」」
ヒトフリと神葉の口から同時に声が漏れた。
待ち望んだ再会。
ヒトフリは堪らなくなって箱の扉を開ける。
妻と目が合う。
握りしめた拳を妻の頬にぶつける。
「ああ、やっぱりこの感触が最高です! 殴りがいがあります!」
先代皇帝は呆気にとられる。
「……人間の……愛……?」




