第095話 巨
人間側は準備不足。
老若男女の区別なく命を奪われていく。
「誰か助けて……」
人々は祈りながら逃げ惑うだけであった。
当初の乱戦は1時間も経たずに様変わり。
妖怪側の圧倒的優勢である。
「結集せよ!!!!」
武士が叫ぶ。
「個別に戦っていては勝てない! 結集せよ! 隊列を組め!」
公儀祓除人や警備職など、階級・職域を問わず武士が大江戸城前方に固まり始める。
兜の緒を締め、刃に誓う。
必ず列島を守り抜くのだ、と。
「進め! 守れ! 戦えーーーーー!!!」
反撃の開始……と思われた。
「……え?」
突如、大きな影が彼らを覆う。
雲が太陽を遮ったのか?
見上げた空には、
「……何だ、これ……?」
巨大な足が武士を踏み潰す。
大きく、重い一撃。
人間など蟻より脆い。
血飛沫が舞う。
重低音を轟かせる物は、
「鬼……!?」
大江戸城である。
石垣の上に鎮座していた城が足を生やして立ち上がったのだ。
一挙手一投足ごとに響きわたる大きな機械音はまるで唸り声のよう。
列島安寧の象徴は今や地獄の鬼であった。
「どこへ行けばいいんだよ……」
妖怪への反撃を期した武士たち。
前方の妖怪に睨みをきかせていたら、後方から城の進軍である。
兵たちは虫けらのように踏み潰された。
逃げ場などない。
* *
「わしゃ夢でも見てるんすか!?」
ノロイが目を見開く。
あまりに巨大な動く城の姿は遠目にも確認できた。
「現実っすよ」
そう淡々と答える息子をノロイはいぶかしみ、
「やけに落ち着いてるじゃないすか」
「現実なんていつも残酷っす。今さら慌てるこたないっしょ」
とは言え、神葉も変形した城の姿を見るのは初めてだった。
暴れる城の動きを掻い潜り無事帰還することはできるのか?
正直、自信はなかった。
「そもそもいつも通り入り口から入れるもんなんすかね」
おまけに城に近づいた頃には妖怪たちが神葉たちの存在に気づいてしまった。
「大丈夫。ぼくの固有能力【魅了━ファスツィナツィオン━】であいつらを追っ払えるよ」
リケイカインが胸を張る。
となると手段はひとつ。
「強硬突入するしかないっすね!」
「報酬は多めにしてもらうっすよ! わしゃ久々に甘いものが食いたいっす!」
「はいはい、生きてたらね!」
はしゃぐノロイを手懐ける神葉。
皇帝を運ぶ3人が加速する。
* *
「気持ちいいのじゃ!!!!!」
操縦室にて将軍が高笑い。
頬を紅潮させ、目にはうっすら涙を浮かべる。
誕生以来、至福のひととき。
ずっと叶えたかった夢が遂に叶ったのだ。
「ほれ! ほれぇ!」
将軍の動きと大江戸城の動きが連動する。
足を上げ、下ろす。
蹂躙される人々の様子がモニターに映し出される。
「……もうやめて……」
縛られているビタリアにはもう叫ぶ気力すらない。
将軍を止められないと理解している。
「なには気に入らぬ者を踏みにじりたいと思うことはないでおじゃるか? たいそう気分のよいことじゃぞ。できることなら、なにもこの良さを味わわせてやりたいのぉ。おほほほ」
「……私にだって殺したいくらい憎い人はいます……。でも、本当に殺してはいけません……」
「ほぉ。なぜじゃ?」
「人間だからです」
人ならざる将軍は笑う。
「まるで殺しさえしなければ何をしてもよいと言いたげじゃな?」
「そんな……」
「なの先祖を思い出すわ」
「……?」
「みはなの先祖に散々いたぶられたものじゃ」
人間を踏み潰して歩きながら、将軍は古傷をこれ見よがしに語り始めた。
ずっと昔のこと。
人間が世界中で繁栄し、科学技術を弄んでいた時代。
将軍は生まれてきたいと望んでもいないのに生み出され、望んだ自由を制限され、ただひたすら人間に対する憎悪を募らせてきた。
いつか必ず復讐してやると決意して
「……待ちなさい……」
昔話にビタリアは困惑する。
「私のご先祖様が……同性を愛していたと……?」




